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2008年07月06日

カッコイイ話。

以前、ブログで私にとって環境問題というのは
環境に良いかどうかではなくて、つきあいみたいなもんだと書いたと思うが
そのつきあいも程々にしておこうと思う。
というか最初から、それほどつきあいに熱心なわけでもない。
むしろ何の疑念も抱かず熱心な発言を繰り返す人々を
心の中で馬鹿にしている性格の悪さは相変わらずで
なんだか自分が賢くなったように錯覚してしまう今日この頃である。

カッコイイことというのは、言葉にして発せられたとたん
そのほとんどが嘘になるか
後々、みっともない訂正や修正が加えられるものである。
だから、結果的にカッコ悪くなるというのが世の常で
それでも、そういった一連の物語というのは会社の給湯室あたりで
OLの密かなヒソヒソ話しでもって口頭伝承されていって
会社単位のお笑い伝統芸能みたいなものになるものである。

こういった事例は、どっかの社長や大臣なんかにもよく見受けられる。
まぁ偉そうな肩書きのついた人々は役割上
周囲からもそういった心地よくカッコイイ発言を
待望されている状況もあるわけだが
結果が深刻すぎて、どうにも笑えない事の方が多いように思う。

“男らしさ”とか“勝負に負けない自分”みたいな虚勢をはっている人とか
(牛田は勝手にこういった人々を“少年マガジン的感性”と呼んでいるのだが・・・)
なんというか自己アピールという以前にプレゼンの方向自体アレではないのか?
といったことに遭遇することもある。
最近、個人的に気になっているのは
「苦労話というのはつくづく自慢話であるなぁ」ということである。

新人をつかまえて
「俺が、その仕事をやっていた頃は
そんな制度(道具や新しい機械でもよい)がなかったので苦労したんだ」とか
まぁ、これに類する“より悪い状況や環境の中でやってきた自分”
だから結果的に“俺、エライ!”みたいな話は
この時期に大量に飛び回るハエみたいな勢いであったりする。


いや、元気があってよろしいですね・・・


むしろ「これが俺様の自慢だ!」とストレートに来ていただいたほうが
何かと清々しく話も短く済むのであるが
「笑えない考え落ちみたいなこと言われてもなぁ・・・」
と牛田は悪い性格でありながらも心を痛めたりするわけである。
あーそれと上手くいった事例をものすごく苦労したみたいに脚色してしまうのも
こういった“俺、エライ!”の変形種であると思っている。

ここまで書いておいてなんだが
別に苦労話にカコツケタ自慢話を牛田は、それほど不快に思ってはいない。
誰もが自尊心を持っているし他人からも敬意を払って欲しいと思っている。
私とて例外ではない。

ただ、残念というか申し訳ないというか
牛田に話をされた御本人は、そういったつもりはないのでしょうが
「カッコイイつもりで語っている姿は、かなりカッコ悪いですよ」って
・・・そんだけの話である。

2008年06月09日

軋み。

他殺であろうが自殺であろうが
あるいは事故死や病死など死に方に関わりなく
死というのは不条理なものでは有る。

だからといって、そのことが何の慰めにもなりはしないし
旅立った者は帰ってこない。

人の死の知らせを見聞きする度に
私は世界の軋みを思い知らされるような気持ちになる。
それが親しい人の死なら尚更のこと
誰に向かってというわけでもない「どうしてなんだ?」という問いは
死に方にではなく事実に対して発せられては消えてゆく。

我々は未来を予定しながら生きている。
「午後から、あの用事を片づけよう」とか
「明日の夕方までにはあの人に連絡をしておこう」とか
たいがいの場合、来る筈の“午後”や“明日の夕方”が消滅するなんて
想像もしなければ考えもしない。

しかし無情にも世界の軋みとは、そういった消滅をやってのける。
もちろん、私が、あなたがイナクナッテしまうという方法で・・・

直接的にも間接的にも人を死に至らしめる原因は沢山ある。
思いつくだけでもアレヤコレヤ・・・

明日の朝、目覚めても私は自分が生きていることに感謝なんてしないだろう。
仕事から帰ってきて五体満足に無事、一日を過ごせたとしても
自分が幸運だったとは思わないだろう。

不意に訪れた死の瞬間に私は何を考えるだろう?
いや、考える間もないかもしれない。

たぶん明日も、その次の日も私は保証されているわけでもない
“午後からのこと”や“明日の夕方までにやるべきこと”を考えているだろう。
「たぶん」なんて言っているが
希望的生命の連続性の維持を述べているにしか過ぎない。
だって世界がどんな風に誰の近くで軋むかなんて
誰にも解りはしないのだから・・・

ブログの更新もままならない故
もしも、私が死ぬようなことがあったら
少なくともネット上では確認のしようも無いことだなと思うが
まぁ、別に気に病む程のことでもない。

そんなことは家族、親戚、知人に伝わればそれで済む話だ。

また、おかしな方向に話が飛んでしまったなぁ・・・

2008年06月08日

梅雨。

良いイメージを獲得するために多少のインチキや欺瞞に目をつむるならば
結果的にそれは悪質な感性に他ならない。

そうそう、まさにそれこそが必要なことなのだ。
肝心なのは名目によって流通するということであって
停滞することではない。
電気を消してさっさと帰宅するよりは残業代を稼いだほうが
懐には優しい。
もちろん、それは大事なことさ。

イベントの関係者が浮かれている。
地球環境のために照明やアンプの電源を落としたりしたら
今度はいつ仕事にありつけるのやら・・・

話し合うことは他にもあったはずだが
真剣な議論というのはマズイ。
その切っ先が自身の方へ向けられることもあるかと想像すれば
クワバラクワバラ・・・この辺が落とし所かね?

おいおい、「エコだから買い替えましょう」っていうのは
いったいどこの誰が捻り出した屁理屈なんだ?
俺が広報の担当者だったら広告代理店にやり直しを命じるね
こんな事を信じる慌て者を相手に商売する気かね? 
人材不足なのか?よっぽどのアレなのか?

いやぁ〜本当にテレビというのは面白いよ
君たちには笑いの才能がある。
失笑というのをこれほど漏らしたのは久しぶりだよ。

下半身が水没した日にゃあ小便を漏らしたって
誰にも気がつかれやしないさ
まぁ、悪いことばかりでもないかな?

梅雨になったぜ、傘を忘れなさんな!
大雨にでもなって いっそ全部、流されてしまえば
スッキリもするんだろうが
そうもいかねぇな・・・。

2008年05月17日

顕在化。

独居老人の孤独死というのが、やたらと報道された時期があったと思う。
印象だけで語ってしまってアレなのだが
おそらく報道が目立った時期と今現在でも
それほど状況は変わっていないのではないかと思う。
いや多少は改善されたのかもしれない。
遺体発見が早くなったとか、その程度には・・・

その報道が目立った時期というのは阪神淡路大震災の後だった。
仮設住宅などでの孤独死が目立つ状況だったので
報道もそれらを取り上げる機会が多かったのだろうと予測される。
なにやら震災によって独居老人の孤独死が増えたような印象も受けたが
それは、あくまでも印象で本当のところは
それまでもあったはずの孤独死が震災によって、より顕在化したのだと思う。
都市が従来、持っていたはずの問題が見えやすくなっただけの話で
そのうち仮設住宅もなくなり再び孤独死が見えにくくなったのと
報道が、あるいは人々が興味を失うことで
問題は解決されたのではなくて
震災という出来事をきっかけに発見され、そして飽きられたのだと思う。

出来事というのは継続していても興味を失った途端
まるで存在しないかのように扱われるのはいつものことで
それでも、わずかな間でも世間の知るところとなったのであれば
まずは良しといったところで収まることに別に違和感もない。

今回の主題はそういったことではなくて
「自然災害というのは
その被災地がもともと内包していた問題を顕在化させるものである」
ということが言いたいわけなのである。

台風であれ震災であれ人為的な不正や政策の不備といったものが
より強固な災難となって降りかかってくる様というのは
あえて誤解を招く例えをするならば
神が人に与える試練のカタログをのぞき見るようでも有る。

もしかしたら助かっていたかもしれない人命というのは
「思想や金、時間の使い方の優先順位が間違っていたのではないか?」
という後悔と懸念、あるいは疑心暗鬼を引き起こすには充分である。
「今更どうにかなるものでもない」といった諦念までも含めて・・・

だからこそ国境や民族などに関わる恩讐はひとまず棚上げにしてでも
事に当たらなければ神の所業に対抗することなんて叶いはしない。
試練というのは「何にも出来ない私」というような状況さえも巻き込んでしまうほど
広範囲に試されているんではないだろうか?

少なくとも環境問題なんかよりは
よっぽど分かりやすいサインが投げ掛けられているような
私自身は、そんな気がしてならない。

2008年04月30日

子年卯月まとめ。

「もう、働いております。」
いやね、一部では就職が決まってから「まだブラブラしてんじゃねーか?」
と思われているようなので・・・
おかげさまでちゃんと日々、労働しておりますとも!

そんなことは、さておき。
とりあえず手元に有った録音済みの楽曲は全部、放出しましたので
今回、久々のまとめとなった次第です。
牛田は、作業にとりかかるまでが遅いというか
重い腰が、なかなか持ち上がらない性分故に二年程の間で
結局、4曲を録音したということであります。
これが多いのか?少ないのか?よく解りませんが
この二年間は、失業と就職を繰り返した慌ただしい期間でもあり
音楽に専念するといった感じでは、なかったですな。

釣りに出かけたりネットでグラビア・アイドル検索したりと他に誘惑も多いですし
限られた時間が何かと拡散する今日この頃。

巷ではCDが売れないとか出版不況であるとか
テレビのスポンサー離れが加速しておるとか景気のよい話は聞きませんが
そもそもヒット作というのは、日ごろ音楽をあまり聴かない。本を読まない。
番組を見ない。そういった層まで取り込むからヒットになるわけで
こういった業界は
本来、それらを支えるはずのコアな層を
育てることを怠ってきたのではないか?
と思うわけです。

音楽だって読書だって映像だって好きな人は
探してでも聴いたり読んだり見たりしてますよ。
でも、それは決して製作者側を儲けさせるためにそうしているわけではなくて
やはりそこに、より質の高い感動や興味を覚えてそうしているのだと思うわけです。

何度でも聴きたくなるような音楽。何度でも読み返したくなるような本。
何度でも見たくなるような映像。
私に言わせればマーケッティングなんてものにばかり汲々としてるような
アホどもの理解を超えたところにそれがあるのではないかと思うわけです。
もちろんそういったものが
なかなか思い通り生み出せないということも承知してますがね・・・

単純化された欲望に与えられる従来通りの記号なんて瞬く間に消費されちまいます。
とりあえず“癒し”くっつけとけとか“品格”と“なんとか力”を垂れ流しとけとか
芸能人が旅して飯食ってクイズばっかりやってんじゃねーよ!バーカ!って話です。
取っ掛かりとしての、安い感動も必要でしょうけど、そればっかりじゃね・・・
少なくとも私は、露骨なまでに卑しさが見え隠れするものに金なんて払いたくないですよ。

とまぁ、わけのわからん愚痴なんぞ書いていてもしかたありませんので
四月の楽曲のまとめをしておきます。
次回、皆様に楽曲を聴いていただくのは、いつになるやら解りませんが
それなりに続けていくつもりではおりますので悪しからず。



「EERF」

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「熱狂の後始末」

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「SEXとファーストフード」

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「霹靂(HEKIREKI)」

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2008年04月27日

特権。

ギターを弾き始めてから、もう随分となるのに
いまだに新しい弦に交換するときは、ワクワクと心が躍る。
特にフラットトップのアコーステックギター(以下アコギ)
の弦を張り替えるときは格別だ。

しばらくぶりにケースから出したギターには
茶色く濁ったブロンズ弦が緩めた状態で張ってある。
ペグ(糸巻き)を弦がダルンダルンになるまで更に緩めて
ブリッジピンをペンチで抜き取りゲージのボールエンドをブリッジホールからはずす。
面倒な時はニッパーで弦を切断してしまうのだが
時間がゆっくり流れる日曜の午後ならそれほど慌てることもない。
ヘッドやボディに溜まった埃を拭きとり
必要ならばフレットに布に浸したオレンジオイルを塗り付ける。

張り替えられた弦は、エッジの立ったシャリ感のある音から
しばらく弾き続けると多少、落ち着いた丸みのある音に変わって
やがてはボヨ〜ンとしたヌルイ響きになり、いわゆる“弦が死んだ”状態になる。
まるっきり演奏が出来なくなるというわけではないが弾いていて気持ちが良くない。

そういえばギターを弾き始めた頃は、演奏中によく弦を切ってしまって交換していた。
弦の品質が上がったからなのか弾き方が変わったからなのかは定かでないが
最近ではアコギに関しては滅多にそういうことも無くなった。
エレキでは弦が細いせいで今でもたまに演奏中に切ってしまうことがある。

私の弾き方だと、だいたいひと月足らずで死んだ状態になって交換時期が来る。
弦を交換せずにそのままケースに収めて
別のギターを取り出してローテーションすることも多い。

こだわりというほどでもないがアコギの弦なら
ダダリオのphosohor Bronze/Lightが好きだ。
一時期、モーリスのエレアコに他メーカーのミディアム・ライトという
ライトより少し細いゲージを張って具合が良かったので
Guildにも同じように張ってみたら期待したほどの響きにならなかった。
おそらく重くデカイGuild F-50RNTはミディアム・ゲージぐらいで
ちょうど鳴らしきれるのだと思うのだが
そこまで太いゲージになると私にはテンションがきつすぎて
扱えなくなってしまう。
ギターと演奏者とゲージの相性が必ずしも一致するとは限らない。
決定的な不幸というほどでもないが、結婚後の思惑が違ってしまうようにだ。

ということで現在の落としどころとしてはダダリオのphosohor Bronze/Lightが
私にとって最良の選択ではあったのだが
ひと月ほどダダリオのEXPというライト・ゲージを試してみた。

最近、いろいろなメーカーから長持ちするということで
発売されている弦に被膜をコーティングしたもののひとつである。
被膜が弦を埃や錆から守り長持ちさせるという理屈らしいが
実際の使用感としては、残念ながら私が期待していたほどではなかった。
使用条件にもよるのだろうが、特別に音質が長持ちしたという印象は受けなかった。
勝手な予測でアレだが、おそらく弦の音質の変化は
ゲージの物性による張力の変化に負う部分が大きいのではないかと思う。
音の印象なんて主観的なものだから使い方や環境
それに測定の仕方によっては、もう少し効果が認められるのかもしれないが
買い置きのEXPを使い切ったら、もとのphosohor Bronzeに戻るつもりだ。

それでも張り替えたばかりのゲージは気分が高揚する。
チューニングを済ませ眠っていたギターを
徐々に目覚めさせていく、あの瞬間。
再びきらびやかな響きが取り戻され「嗚呼、これだった」と思い出す至福のひととき。
「これはアコギの特権ではなかろうか?」とさえ思う。

私は他の楽器に関しては、まるで疎いので断言はできないが
例えばサックスのリードを交換したときにも同じような感動があるのだろうか?

アコギの弦を張り替えるというのは
再生に立ち会う感覚に訴えてくる体験というか
何か生命の不思議を垣間見るかのような・・・
いや決して大げさに書いているのではなくて本当に、そんな感じなのだ。


まぁいい、誰が何と言おうとこれはギタリストの特権なのだ。
信じられないというのなら試してみればいい・・・。


「霹靂(HEKIREKI)」

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2008年04月26日

熱湯で3分足らず。

最初の思惑では、10曲以上まとまったらアルバムみたいにしようなどと考えておりましたが
そんなことをしていたら曲の発表が、まったくいつになるのやら・・・
という状況ですので随時、数曲まとまったらアップしていくことにしました。
今更ながらインターネット対応みたいな話でアレですが・・・

文章が思いつかずアップする予定の曲がアップ出来ていないなんて
本末転倒なことになっていますので、「これではいかん!」
というか自身の中で決めた基準というのは、なかなか強固でありまして
こちらに、お出でくださる方々には関係ねーちゃ無い話なんですが・・・

するってーと「ブログというのは誰のためにあるのでありましょう?」
書き手か?読み手か?らじろぐか?あるいはその全てか?
まぁ、どの辺に軸足をとってバランスさせていくかというような
表現を意識的にしていくうえでは、常々つきまとう悩ましい問題ではありますが
そこんとこ自分自身もうちょっとユル〜ク考えてもよいかと思っちょります。

特別、誰かから何か要請があったわけでもない独り相撲上手投げ状態を晒しておりますが
誰も困らん、誰も喜ばん、そしてインスタントラーメンが少々かた麺に
でき上がるくらいの時間、考えた末に・・・

「どーなのよ?」

「いや、別に・・・」

「だったらどーでもよいじゃん」

という結論に達しました。



とりあえず、そんなこんなで・・・

「SEXとファーストフード」

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2008年04月19日

モノづくり。

長い間、製造の現場で働いてきた。
もともと文系の大学を出て最初の就職だった営業は肌に合わず
結局、モノを作るということの方が自分の性分には合っていると思っていた。
で、振り返ってみれば、ここ、二〜三年の間で
いわゆる“モノづくり”への幻想が私の中で
かなりの部分、萎えてしまった。

それほど多くない経験で語ることを許されるなら
コストダウンと納期短縮がせまられる現場で良い製品というのは
成立しにくいという、至極真っ当な結論に辿り着いた。
もちろん湯水のように使える時間さえあれば良い製品が出来るわけではない。

しかし、時間が限られている中での作業は当然、無理が生じるし
コストダウンのために材料のランクを落とすことで
不良品が発生する確率というのは確実に上がる。
そして、悲しいかな私のいた現場では
それら全てが要求され、全ての禍も降りかかってきた。

想像するに、おそらくそういった現場は、少なくないのではないかと思う。
"モノづくり”という言葉がなにやら私には夢見心地の言葉に思える。
メディアでとりあげられる世界に誇れる町工場の技術は確実に存在する。
しかし、その割合は、全体からいえば、幻想を喚起するには充分だが
“モノづくり”立国なるものを声高に誇れるほどでもないといった印象だ。

必要なのは“安くて良い”実態よりも
それ風のイメージさえあれば事足りる状況にすり替わっていくような
そんな不安と現実を受け入れざる得ない時間を過ごしてきたと思う。
しかし、それでも最高の品質ではないが
使える範囲の充分に足りうる製品ではある。

それでは、私が何に引っかかっているかといえば
要求されていることと実態に乖離が生じているせいで
事実上のダブルスタンダードが成立しているにもかかわらず
それは修正されずに責任の所在というロシアン・ルーレットに
つきあわなければならないということである。
もちろん銃口は弱い立場の者に向けられるのが常ではある。

海の向こうに有る世界工場の品質を嗤えるほど
ここは、労働条件や環境も含めて、それほど立派なものなんだろうか?
それほど酷くはないって程度のニュアンスこそが
相応しいのじゃないだろうか?

いや、たまたま私が経験した現場が特別だったのかもしれない。
日本中の製造現場の実情なんぞ知りうるわけもない。
それでも私は、いろんな意味で自分の中にある価値観に修正を加えながら
この数年の間で、良くも悪くも覚醒したのだと思う。

就職が決まってから、しばらく過去を振り返っては
そんなことばかりを考えていた・・・。

「熱狂の後始末」

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2008年04月16日

毛染め。

背に腹は代えられねぇや!
就職対策に見た目を少しでも良くしようと
渋々、白髪を染めた。ヘア・マニュキアというやつですな。

私は面倒くさがりやなので、この手の作業は苦手だ。
「皆、本当にこんなことやってんのかよ!」と独り言をぶつくさ言いつつ
毛染めがあちこち皮膚について、いらんとこまで黒くなる。
「いったい何の特殊メイクじゃ!」とこれまた一人でキレまくり・・・

なるほど見た目が数年前に戻った。
数年ってどんだけ前だったか定かに覚えちゃいないが
「そういや、こんな時代もあったよね・・・」っと

しかし、容姿の変化以外にも意外な効用があった。
気分が良くなったのである。
正確に書くと少々、鬱ぎみな気分が改善した。
余りの気持ちの変化に驚き怪しみつつ
原因らしきものを推察してみた。

「毛染めの香りだ!」たぶんそうに違いない。
具体的に何の成分がどうというのは解る筈もないが
脳が香りに刺激されてイイ感じになったのだと思う。
まぁ、極めて個人的な経験と結論なのでアレなのだが
俄然、香りに興味を持った次第である。

有る程度のプラシーボ効果かもしれんということを差し引いても
それほど罪の有る話でもないので
早速、お香を取り寄せて焚いているわけだが
気分改善に効くには効くが、近くで焚いたせいか
少々、のどがいがらっぽい。

お香の匂いがするギター抱えたおっさんに町中で遭遇したら
たぶん、それは俺だ。
その時は、まぁ、見逃してくれたまえ・・・って何を?

というわけで久々に曲をアップするとしよう。
つーか、「適当になんか文章をくっつけとかな・・・」と思って
毛染めの話なんぞを書いておるわけだが
いつものことながら曲と文章は全く何の関係もない。
とりあえず読んで聴いて風呂入って寝てくれ。
後はよろしくお願いします。


何にしても因果な話ではあるよな・・・。

「EERF」

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2008年04月14日

KIVAの件で補足。

フレットレス関係に次いでKivaの検索で
このブログに来られる方も多い。
たいしたことも書いていない上に
他の記事といえばろくでもないことばかりなので来ていただいた方々には
申し訳ないというか大変恐縮である。
それにKivaのシステムが日本の法に触れずに成立するのかどうかという問題も有る。
それよりもKiva本家のサイトは英語表記なんで興味はあっても
言語の壁があって「よくわかんね〜」という方もいらっしゃるであろう。

ということで

豊かさガイド:KIVA日本語の説明  http://www.yutakasaguide.org/kiva/index.html
(直リンはしてないのでコピペでお願いします。)

こちらのサイトを本家KIVAと見比べて頂ければ
興味の有る方には助けになるのではないかと思いましたので・・・

今日はそんだけ。