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2006年09月09日

暴力による支配。

人は暴力によって支配されやすい。
希ではあるが暴力に屈することなく
そのまま突破してしまう者もいる。
その違いが何なのかは解らないが
そういう前提で今回は書いてみる。



暴力の定義をどこら辺までの範疇で捕らえればいいのだろうか?
こいつはかなりの難問だ。
例えば”誰かを傷つけるもの、すべて”とでも定義してみよう。
戦争における戦闘行為。道具を使った傷害、あるいは致死。
殴る、蹴る、叩く。この辺は分かり易い。
なんせ直接的に肉体に苦痛を与えるのであるから
その理由がなんであれ、正当性のあるなしは別にしても
暴力と呼んでも差し支えあるまい。

言葉による暴力。これは人によってもとらえ方は違うだろう。
加害側にはその意識もなく誰かを傷つけていて
裁判沙汰にこそならないだけでなんてことは
おそらく私もあなたも思い当たることだらけで
ほらっ、あれやこれや今も思い出したでしょう?
それ等すべてを暴力と定義するならば
なんと我らの生きる日常とは暴力に満ちあふれていることか・・・。
無理矢理、押しつけられる暴力のバーゲンセールとでもいった具合だ。
しかし、そういった自制心のない
頭の悪い発言に不快な感情を憶えても
支配されるに至るかというと、どうだろう?

ん〜私自身を振り返ってみると不快であるが故に
回避的な行動、つまり不快な人物に出来るだけ関わり合いにならない。
あるいは適当に話を合わすといった行為に至ることを考えれば
暴力というものに支配されていると言えるかもしれない。

言いなりになるといったことではないにしても
不快さがかなり効いているといった状況であろうか。
その不快さが意図されたことなのか
無自覚な天然の愚劣さからくることなのかは別にして・・・。

こんなことをいちいち書いたところで
あまりに日常的すぎて共感すら得られまい。
共通感覚というのが常に心地よさに結びつかないことを
図らずも証明したかも・・・(冷や汗タラ〜ッ)

誰かが誰かを支配せずにはおれない。
”誰かが私を”なのかもしれないし
あるいは” 私が誰かを”なのかもしれない。
まわりくどいですか?漏れなく正確に伝えようとすると
言葉ばかりが巡ってしまう。

何を書いてんだか・・・俺。

なるほど、知らずに私が誰かに暴力を行使してる可能性だってあるな
その支配の程度にもよるが、支配の定義は・・・。

暇があったら後は頼む。

定義づけが曖昧な議論ほど不毛に時間を浪費するものはない。
だから、この文章も不毛なまま最後に向かう。まるで「朝生」だね。

軋轢であるとか葛藤なんてのは生きている限りついてまわるものだ。
ナイーヴさとか聡明さ、あるいは感性の鋭さなんてものを
私は有り難がっていたし、今もその価値を認めているわけなんだが
時々、他人の言葉に鈍感で反応の悪い感性こそが
暴力による支配を受けない抜け道なんじゃなかろうかと思うことがある。


いや、思うだけで、それがどーしたってことなんだけどね。


この記事へのコメント
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Posted by e-アフィリ at 2006年09月10日 08:57
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Posted by 牛田@宅六 at 2006年09月11日 23:56
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Excerpt: どーも、心理学講座の八雲です。人はどんな人に対して??魅力??を感じるのでしょうか?「オーラ」についてもお話しましたが、魅力とは、理屈でもなければ、目で見るものでもありません。「感性」で「感じ取る」も
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Tracked: 2007-06-25 00:53