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2007年03月30日

痕跡。

阪神・淡路大震災から一年が経って
連休明けには
もといた会社が再建出来そうだとメドが立った頃
その年のゴールデン・ウィークは
一人で能登半島にツーリングに行くことにした。


noto_01.jpg

北陸道を金沢東で降りた時点で距離計は
神戸から300kmぐらいだったと思う
後はひたすら国道249号線で北上
能登半島先端の狼煙を目指したのだが
間抜けなことに
持参したキャンプ場のガイド本に掲載されていた
地図の縮尺が能登半島だけが違っていたのに気がついたのは
北陸道を降りて最初の休憩所のベンチでその本を広げた時だった。

「しまった!あと200kmもあるじゃないか!」
連休は二日間だけ、そしてその一日目の昼も過ぎていた。

「ツーリングですか?何処まで行かれるんです?」
ワンボックス・カーに家族連れの男性が話しかけて来た。
「能登の先端まで行くつもりなんですよ・・・」
少々、ぐったりして私は答えた。
「随分、遠くまで行かれるんですね・・・気をつけて」
なんだか気の毒がられているように聞こえた。
私は丁重に礼を言ってまたオートバイにまたがり走り出す。

天気は曇りだった。交通量は少なく明らかに観光地としては
「シーズン・オフだな」と思った。
普段なら楽しいはずのコーナーの連続も疲れと寒さで
それほど楽しめなかった。
そう、五月の能登はようやく春が訪れようとしたばかり
国道沿いで菜の花が揺れている。

どこかでキャンプの食料を調達しようと思ったが民家もまばらで
ようやく小さな食料品店を見つけたが
何を買ったかは覚えていない。
品数は少なく口に入るものがあっただけで有り難いと思った。

荒涼とした風景。最果ての地といった感じが延々と続く。
正直、この時のツーリングは途中で嫌になってしまっていた。

とにかく走った。そりゃあ、もう体中が痛くなるぐらいに・・・
キャンプ場の案内が見えたがそこは開いていなかった。
更に走り続け日も傾きかけた頃、ようやく別のキャンプ場を見つけた。
駐車場に辿り着くなり私はオートバイごと倒れてしまった。

疲れのせいだけではなく後になってそれが
パンクが原因だったことに気がつくわけだが・・・

キャンプ場には少ないながらも他に宿泊している人達もいた。
芝生が敷かれ桜が咲いている。
風が強い。テントの外にいると寒いうえに飛ばされそうだ。
家から持参した米を
知人から借りてきたMRSのホワイト・ガソリンのバーナーで炊く。
火力は強いが風に煽られているせいもあって酷くうるさい。
それでも簡単に食事を済ませ速攻でテントのシュラフに入る。
noto_2.jpg

目覚めると風もゆるやかな朝だった。
お湯を沸かしカップ麺を朝食にして
まるで、それが仕事であるかのように荷物をまとめ
オートバイにまたがる。「帰らなければ・・・」
同じぐらいの距離を昨日よりも疲れた体と心で・・・。


最近になってもう一度オートバイに乗って
ツーリングがしたいなんて衝動に駆られている。
お金もかかるし置き場所にも困るだろう。
思っているだけで実現はしないかもしれない。
それでも行く先々でそれぞれに暮らしがあり風景があり
そこで発見や感動や失敗があったことが
私の中で心地よい痕跡として今も残っている。
記憶と表現するにはあまりにもぼやけすぎて
当時、撮った数少ない写真でやっと確認できる痕跡。
noto_03.jpg

あの時の私と今の私は連続しているんだろうか?
震災から再建した会社も辞めて、オートバイにも乗らなくなり
過去に訪れた荒涼とした風景が災害に襲われたとニュースで知らされ
自分勝手な符号の一致を見いだして文章を書いている私が・・・


それでも、あの場所にもう一度、行ってみたいな
そのうち、落ち着いたら・・・。




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