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2006年01月29日

新車。

先日、父親から新車が納車されたとメールが入っていた。
父にとっては初めてのAT車だ。
受話器の向こうで「何でも自動になっている。」
と嬉しそうに語っていた。
十年以上、乗り続けたスバルは走行距離はさほどではなかったが
査定はゼロだったそうだ。


私が小学生になったばかりの頃だっただろうか
「夕食の後で家族会議をやる!」と父が言い出した。
今まで、そんなことしたことがなかったので
ただならぬ雰囲気に私と兄は嫌な空気を感じ取っていた。
母は神妙な面持ちでちゃぶ台の横に正座している。

父は意を決したように言った。
「離婚しようと思う。
おまえら、お父ちゃんとお母ちゃんのどっちに付いてくる。!?」

7歳離れた兄は即答だった。「僕は、お父ちゃん。」

その後は父と母の言い争い。
夜、布団の中で何度も聞いたことがあるアノ嫌な感じ・・・。
私はというと、ただベソをかくばかりで
「どうしたらいいか判らん」を連発した。


・・・本当にどうしたらいいのか判らなかったんだもの・・・。


結果、私のベソが功を奏したのかどうか解らないが
キューバ危機は寸前で回避された。
巡洋艦は元の港に戻り、ミサイルは撤去された。
原因は嫁と姑のいざこざだった。


二度目の危機は私が浪人生の時に不意に訪れた。
今度は離婚ではなく介護だ。
父は家族に何の相談もなく「面倒をみることにした。」と
祖母を連れてきて生活を始めてしまった。
痴呆症、徘徊、そして寝たきりから入院。
たくさんの管を付けられた小さな祖母の身体は
まるでポンプ駆動で動かされている人形のよう。

現代医療の延命処置とは大した物だ。彼らには解っているはず。
生きているということと死んでいないということの
似て非なる状況の間に横たわる気の遠くなるような距離が・・・。
そしてそれが高額な入院費用を支払うことで
家族の生活を脅かし彼らの懐を潤すことも含めて・・・。

両親が頭を抱えながらも最善を尽くしたことは
両親の名誉の為にも書いておく必要があるだろう。
私は皆さんも先刻ご承知のろくでなしだ。
祖母の死と引き替えに安堵と平和な日々が再び訪れたことに
開放感を感じ、またそれを隠すことがなかった。

たぶん似たような話は探せば何処にでもあるだろう。
これらの思い出が、ようやく私に動揺を与えなくなっただけのことだ。
ブログを埋めるネタの一つに過ぎないと思えるぐらいに・・・。

両親は田舎でトム&ジェリーよろしく仲良くケンカしながら
日々を過ごしている。とりあえず大きな危機もなさそうだ。
新しい車も買ったことだしドライブにでも行けばいいさ。

帰りたくない.jpg

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「帰りたくない」
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