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2007年05月13日

緑、萌ゆ。

ゴールデン・ウィークも終わり朝昼の寒暖の差はあるものの
だいぶん過ごしやすい気候になってきた。
街中や遠くに見える山並みにも新緑が萌えて
つい一月ほど前の風景とは、まるで違って見える。
むせかえるほどの生命力がみなぎっていて
初夏を楽しむというよりは少々、薄気味の悪ささえ感じるほどだ。





CIMG0850.JPG

この季節になると昔プータローをしているときに読んだ
ブライアンWオールディスのSF小説「地球の長い午後」を思い出す。

地軸が止まった地球は太陽に晒された側が植物に支配され
生き残った人間に異常進化した獣のような植物が襲いかかる・・・

これ以上の詳しい内容は読者の検索にまかせるとして
ジャングル化した地球の主導権を握っているのが植物だという設定に
かなりグッときた思い出がある。
観賞や収穫の対象としてではなくて
常に人間を脅かす存在として描かれた植物。
自然の恵みとは、その一方で脅威にもなりうるというのは
人類にとって普遍の事実ではあるけれど
SF小説でもなければ植物に恐怖するというのは
花粉症ぐらいしか思いつかないよな・・・

と、ここまで書いて植物つながりでもうひとつ思い出した。
昔、深夜テレビで放映された日本映画。
山本政志監督の「ロビンソンの庭」

緑に包まれた廃墟に越してきた主人公が、やがて狂い始めるといった内容だけど
まるで植物が人の観念を支配してやがては狂気に至る様はなんとも不気味だ。

私にとってこの二作品がトラウマというほどではないにしろ
鮮烈な記憶として残っているわけだけど
よくよく視点を変えて考えてみると
「人に襲いかかったり狂気に追い込むことがなくても
植物こそが地球の主人であり実際の支配者なんじゃなかろうか?」
なんて見方も出来る。

小学生あたりで習う食物連鎖のピラミッド図というのは上位に
肉食の哺乳類がいてそのすそ野の下あたりに植物が配置されてるもんで
ついつい「哺乳類、偉い!植物、偉くない!」みたいな
単純化されたイメージでもってとらえてしまいがちだけど
すべからく生きとし生けるものは、その役割を終え土にかえるわけで
「あ〜最終的に私も植物の餌かよ!」なんて考え方も出来る。

まぁ食物連鎖は循環であり、あのピラミッド図というのは
個体数の比率差を物語っているものにしか過ぎないわけだ。
植物に意識があるのかどうかは知らんけど植物の側からすれば
「地球上の生命はわしらが養おうとんじゃ!ボケッ!」
ぐらいのことは思ってるかもしれない。

「ボケッ!」・・・は余計ですがね・・・。

いや植物が喋らなくて良かったよ花屋の店先で
「わしらを売り買いして、何さらしとんじゃ!」みたいな怒号が
聞こえてきたら怖くて近づけねーよ!

ここで「緑を大切にしよう!」とか環境問題でなにか
いい話を書いたりすると牛田もいい人になってしまって好感度アップなんだけど
残念ながら、な〜んも思いつかないのでやめとく。

ん〜なになに、それよりも
「牛田の描く植物のキャラは何でそんなに柄が悪いのか?」

そんなもん知るか!久しぶりに馬鹿な事を書いて疲れたよ

・・・野菜食って寝ます。


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