なんてことがよくあります。
あまり片付いているとは言えない部屋を見回して
「何でこんなもの買っちまったんだろう?」なんて感覚も同じです。
熱にうなされ、やがては醒めていく
何がそうさせているのは解らないのだけど
とにかくそういった”呪われた部分”を繰り返す日々。
サボテンの上に飛び降りた男にどうしてそうしたのか?尋ねたら
その男は「その時は、そうすることが良いと思ったからだ」と答えた。
「荒野の七人」でこんなセリフを語ったのはジェームス・コバーンだったっけ?
いや、いつだって理由は思いつくわけだが
思いつくだけで説得力には、いささか欠ける。
他人に説明する必要がそれほどあるのか?といったことはさて置いて
行為の源になる欲動というのは、いつだって説明可能ってわけじゃない。
内なる声が「それは自身にとって快楽であるが故に従え!」と
素直に命令を受け入れても、結果として間違っているということはある。
何がそう判断させたかといえば稚拙さや浅はかさだったのだろうが
かといって学習しているのやらどうなのやら?
似たようなことが繰り返され後悔というのが
いつの間にやら無二の親友になってるなんて喜ばしくはない状況を
日々、経験するのは、たぶん私だけでは、ないだろう。
仲間がいりゃ安心ってわけでもないのだが・・・
何かのきっかけで趣味を始めるというのは尊いことではあるけど
それが反社会的なこととなると事情が違ってくる。
下着泥棒を始めてパンティー999枚集めましたなんて
永井豪の漫画みたいなことがあったら話題としては楽しくも愛おしいが
盗まれた方としては気味が悪かろうし
「お巡りさん、このふてぇ輩をトッツカマエテください!」と思うのは
至極当然なことではある
盗んだのがすべて男性用下着であったとしてもだ。
「嗚呼、そっちでしたか・・・」と少々、感慨に耽る梅雨明けまじかのコインランドリー
・・・何、語ってんだ俺は
広義に欲動というのは、すべからく表現であるともいえる。
下着泥棒という表現には理解者も少なかろうが
それが文学や絵画、あるいは音楽なんかのゲージュツとなってくると
世間から有り難がられるということも稀にある。
”稀にある”と書いたのは一方で”迷惑がられる”といったことも珍しくないからで
まぁ下着泥棒よりかはましか?
つーか何気に声に出して読みたい日本語が”下着泥棒”になってしまっている牛田は
少々、壊れかけておるということで了解してくだされば幸いであります。
あーそれにしてもまとまらん!今回はこれで止めにしておきましょう。
「久しぶりに更新したらこれかよ?!」という御批判は甘んじて受けましょう。
ネタとしても中途半端(まぁ、完結しないのは毎度のことではございますが・・・)
ちょっと何か書いてみたかったので今回は
”底抜け脱線文書turboブースト圧いささか低め"つーことでご勘弁ください。
ホントに私は、いったい何が言いたかったのやら?
まぁ、これも説明不可能な欲動ということで・・・
