いよいよ終盤にさしかかったので
牛田がどんな音楽を聴きながらネットでウロウロしているか
皆さんに興味が在るかどうかは別にして、公開することにしました。
last.fmのウィジェットを貼り付けると御覧の通り
ブログの見た目が随分、賑やかになりました。
まぁ、今までが殺風景過ぎたのかも知れません。
音楽をMacだけで聴いているわけでもないので
全て公開出来ているというわけでもありませんが
だいたいのところこんな感じで
節操もなく脈絡もなく音楽を聴いています。
さすがにアナログレコードを
キャプチャーで取り込む根性はありませんでした。
ここまでやるとi Podが欲しくなりますね。
そうそう、今日は全国的に「敬老の日」であります。
過去に母がた、父がたの祖母の話は
このブログでそれぞれ書きましたが
「敬老の日」が、まだ9月15日と決まっていたころ
母がたの祖父の命日が前日の9月14日だったので
「敬老の日」が近づくと祖父のことを鮮明に思い出すわけです。
ちなみに父がたの祖父は私が生まれたときには
もう、この世にはいなかったので残念ながら思い出はありません。
私が、まだ小学生の低学年のときでした。
学校から帰ってくると母親が青い顔で
祖父が脳溢血で倒れたことを私に告げたのです。
その頃の私は、人の死
ましてや親戚の死に遭遇したことがなかったので
そうとう面食らいました。
祖父はいつもパイプにピース缶からタバコを詰めて吸っていました。
あれは、子供心に良い香りがした。
パイプはいつもヤニでヌタヌタだったけども
私が掃除しておくと祖父は喜んでくれた。
将棋を教えてくれたのも祖父でした。
子供の私相手にいつも負けてくれた。
まだ、そのころは風呂を薪で沸かす五右衛門風呂だったので
私は、よく薪割りの手伝いもしました。
そんな古い家屋だったのでネズミが良く出ました。
祖父が昼寝をしていると、いつのまにかシャツの袖が齧られて
ボロボロになっている。
起きると眠い目をこすりながら笑っていました。
以前、このブログに登場した”クリ”が、まだ子犬の頃
私が「クリを抱っこさせて」というと
祖父は首輪の鎖をそのまま引っ掴み
宙ぶらりんの首つり状態で”クリ”を私に渡してくれた。
子供心に「随分、無茶をするジジイだな・・・」と思ったもんです。
祖父が息を引き取るときに立ち会うことは出来ませんでした。
大きな鼾をかいて、眠るように亡くなったそうです。
出棺のとき、私は人の遺体というものを初めてみました。
いわゆる死に化粧がされていたのでしょう。
肌の色つやがよく、とても死んでいるようには思えなかった。
思わず母親に向かって「生きてるみたいだ・・・」と呟いてしまった。
そこで私は一計を案じて試してみたくなったのです。
今思えば不謹慎なことではありますが、そんな状態の遺体を見て
なおさら祖父の死という事実は受け入れがたかった。
棺の周りで皆が献花をしている中に交じって
私も菊の花を一輪、祖父の顔の上に落ちるように投げてみたのです。
狙いとは少し外れましたが菊一輪は祖父の鼻の横に落ちました。
私は一瞬、目を凝らしました。
祖父がその菊を自分の手で振り払い
あの日、ネズミに袖を齧られたときのように目をこすりながら
ムックリ起き上がってくるのではないかと期待しながら・・・。
菊一輪は葬儀屋さんの手で取り払われ何も起きませんでした。
その後、火葬場で焼かれた跡の小さな御骨を見せられたときでさえ
祖父の死は私の理解を超えていました。
後日、母が夢枕に祖父が立った話をしていましたが
今こうしてキィを叩いていても、なんだか不思議な気がしています。
敬老の日には似つかわしくない話でしたね。
まぁ、私が祖父のことを忘れない為の覚え書きということで・・・
