私はというと結局、就職に失敗して面倒なことに
また失業者になってしまった。いやはや、お恥ずかしい。
この二〜三年の生活の不安定なことといったら・・・
別に喰うに困ったことはないのだけど自分としては定職を求めつつの
このテイタラク、わざわざブログに書かんでもよさそうなもんだが
「牛田、いい歳ぶっこいて馬鹿だな〜しょうがねぇな〜」と笑っていただけりゃ
少しは世の中も明るく?なろうというもの
当の牛田も自律神経失調症ぎみなんで失業による休息が有り難くもある。
ん〜やっぱり性格的にも能力的にも年齢的にも
向き不向きというのはあるものだと痛感する日々。
とはいえ、今のところ悲観的になっているわけでもない。
もちろん希望に満ちあふれているというわけでもないのだが
とりあえず体調が元に戻ったらなんだかんだと動き出すつもりではいる。
当面は大人しく安静にしておく。
それに、なによりも今の時期、寒くてかなわん。
世のメディアでは成功話が有り難がられて
もてはやされもするし、今現在、苦境や迷いのある人には
その手の話題というのは、良いことばっかり書いてる星占いみたいなもんで
たとえ気休めであっても需要はあるものだ。
例えば傾きかけた会社を大改革でもって黒字に転換させたとか
あるアイデアをきっかけに商品が大ヒットみたいな
成功した結果から遡って苦労話なんかを並べていくアレである。
皮肉な見方をすれば成功がなければ
努力も苦労も編集されて語られることなく
個人的な思い出として存在するだけのことで
何かが足りなかったと自身を納得させることに終始せざるえない。
だから努力や苦労を怠っても良いという話ではなく
死屍累々と語られることのない様々な不成功のなかの変異種として
成功が立ち上がったとき
それは語られることを許される。
つまりそれは神話だ。
それに対して私みたいな不成功者が語ることを許されるのは
日常の言葉でしかない。さもなくば虚言とか妄想といったところか?
まぁ、この先も私が神話を語ることなんてありはしないだろう。
成功を求めたり夢見たりしないわけでもないが
口に出した途端、鼻白んでしまう。
滅多にないことが普通に語られることで煽られて
その気になってしまうというのは、極く稀に変異種を生み出しもするけど
我々の感性は慢性的に罪な状況に晒されているとも言える。
まぁ、今の私が何を語ったところで説得力なんてありゃしないわけだが・・・
