私だけっすか!?いや、こりゃ、どうも失礼致しました。
汗をかいた後に自分の身体から剣道部の部室のような臭いがします。
これじゃ、女子高生に嫌われること確実。
「てめぇ、いい歳ブッコイテ女子高生に好かれようと思ってんのかよ!」
てことですが、ある意味イエスで出来ることならイエスです。
・・・なんじゃそりゃ!?
まぁ、どーでもいいことなんですが6月も終わりなんで
「何か書いておいた方がいいかな〜」なんて特にやる気もなく
テンションだら下がりで書き始めちゃった訳で
コレと言って話題も御座いません。
牛田が時事ネタをやっても、どっかで聞いたことあるような
もっともらしい意見でもって馬鹿を晒すだけなんで止めときます。
評論家じゃなく音楽家志望ですから。
いや、本当は「仕事」とか「労働」をテーマに
何か語ろうかなんて思ってたのですよ。
この半年で失業と再就職なんてことを経験しましたから
「働くことに金銭以外の価値を見出そうとするのはなぜか?」とか
「たとえば一生遊んで暮らすお金があったとしても
人は働かずにいられるだろうか?」とか
まぁ、そんなこんなをグダグダとツラツラと
考えたりしちゃおうという魂胆だったわけです。
あー面倒くさい。
牛田が失業中に思ったのは、なんといっても”先行きの不安”でした。
貯えも多少ありましたが、収入のない状況というのは
生きていればそれだけ確実に食いつぶしているわけで
無慈悲にも配達されてくる税金の納付通知やその他諸々の出費に
”生きていくためのコスト”を否が応でも実感させられます。
それに、もう若くないので
求人情報誌に書かれた年齢制限を恨めしく思ったことも
一度や二度じゃござんせん。
失業状態が長引くほどチャンスが遠のいていくような焦燥感。
そして何より自分が社会的に認知されていない疎外感。
あれやこれやで頭の中グルグル。ギターばっか弾いてる場合か!俺。
若かりし頃、引き篭もり生活を一年ほどしてラリってた話は書きましたが
あれも若さとバブルの残り火があればこそ許される?ことで
この時に社会復帰することのしんどさを知りましたので
そうそう遊んでばかりいる心境ではありませんでした。
というか暇で不安でコストは掛かるわけですから
貧乏人の失業状態ぐらいタチの悪いものは御座いません。
今時はニートだの引き篭もりだの社会的に認知されて
あーだ、こーだと働かない言い訳ばっかりしてますが
あんた発展途上国の貧しい国だったら、そんな屁理屈ばっかこいてる人は
死にますよ!ご飯なんて誰も運んでくれないどころか
口減らしに、どっか売り飛ばされちまうってなもんです。
ねぇ伝七親分!ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨヨヨイ、ヨイ!
「ハッハッハ〜こりゃ、めでてぇな〜」
・・・で、いったい何が?
目出度くない話も伝七親分に掛かればこんな具合です。
それはおいといて・・・
とりあえず自分の生きていくコストを支払うというのが
一人前ってやつです。今時はその必要もないのかもしれんですが・・・。
それでもコストが満たされれば、それで充分なのか?という疑問は残ります。
そのコストが満たされた上で「私は、どうありたいのか?」なんて
自問しないわけにはいかなくなるでしょう。
結局、セルフイメージや自意識の問題に還元されちまうわけですな
もう、やめときましょう。
暑いのに、この問題に立ち入ったら溶けます。
鍋焼きうどんに”白クマアイス”を放り込むようなもんです。
とりあえず「私は、どうありたいか?」という問いに対して
「汗くさいのを克服して女子高生にもてたい。」という
強引なオチでもつけときましょう。あ〜こりゃ、こりゃ。
仕事の話と全然、関係ねー!
