などと思い返すことがある。
たいがいの場合それは悪い状況で
争いゴトとか不快な連鎖の一コマに立ち上がってくる特別な記憶だ。
例えばこんな言葉を聞いたとき・・・。
「俺には俺のやりかたがある!」
そのやり方で上手くいってないのが問題なわけだが
目的と手段が入れ替わった無自覚な発言に付き合わされるはめになる。
防衛モードに入った自意識ぐらい意固地でタチの悪いものはない。
仕方なく「どうぞ御勝手に!」と下駄をあずけるが
そら、みたことか上手くいきゃしない。
その後に責任を取るのかと言えばそういうことはなくて
何もなかったように逃げの一手で、そのことには触れもしない。
なるほどそれが、あなたのいう”俺のやりかた”であるのかと
呆れてみるものの結局そのツケを本人以外が手分けして支払うこととなる。
適切なやり方であれば、別にあなたのやりかたである必要はありません。
・・・大事なことは、いつだって他のことにすり替わってしまうものだ。
もうひとつ、こういう言葉はどうだろう・・・。
「私もあなたと同じ立場で・・・」
責任の分散、あるいは回避に使われる常套句だろうな・・・たぶん。
さっきまで一段高い場所におられたのに
いきなり下々へ降りてこられた理由に卑しさを感じつつ。
「同じわけがないでしょう・・・。」
と心の中で突っ込んでみる。
最終的な分配が同じであったためしなんてない。
思いついた言葉を書き並べてみたが、
おそらく探せばこの手の言葉というのはもっとあるに違いない。
私自身も言い訳をしたり曖昧な返事をすることなんて珍しくもないので
ハードルを上げすぎて自滅するなんて馬鹿は避けたい。
悪いことが起こりつつある
あるいは、気が付かないうちに起こってしまっている
それらの警報として、この手の言葉に敏感になってしまう。
ひとそれぞれ節目で思い出される”NGワード”というのが
幾つかあるに違いない。
職場やその他の環境によっても違うだろうけど
警報に気が付いているにもかかわらず逃げ出せないつーのは辛いね!
”降りかかる火の粉を払う”とか”火中のクリを拾う”といった
望むと望まざると激流に巻き込まれていくプチ大河ドラマな状況なわけだけど
そもそも「誰が火をつけやがったんだ!?」
と文句の一つもたれたくならぁね。逃げる方法はないものかね?
そーか!?適切なやり方がワカンネーから”俺のやりかた”に
なっちまうわけだね。
ん〜解決してない気がする・・・。
