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2008年07月06日

カッコイイ話。

以前、ブログで私にとって環境問題というのは
環境に良いかどうかではなくて、つきあいみたいなもんだと書いたと思うが
そのつきあいも程々にしておこうと思う。
というか最初から、それほどつきあいに熱心なわけでもない。
むしろ何の疑念も抱かず熱心な発言を繰り返す人々を
心の中で馬鹿にしている性格の悪さは相変わらずで
なんだか自分が賢くなったように錯覚してしまう今日この頃である。

カッコイイことというのは、言葉にして発せられたとたん
そのほとんどが嘘になるか
後々、みっともない訂正や修正が加えられるものである。
だから、結果的にカッコ悪くなるというのが世の常で
それでも、そういった一連の物語というのは会社の給湯室あたりで
OLの密かなヒソヒソ話しでもって口頭伝承されていって
会社単位のお笑い伝統芸能みたいなものになるものである。

こういった事例は、どっかの社長や大臣なんかにもよく見受けられる。
まぁ偉そうな肩書きのついた人々は役割上
周囲からもそういった心地よくカッコイイ発言を
待望されている状況もあるわけだが
結果が深刻すぎて、どうにも笑えない事の方が多いように思う。

“男らしさ”とか“勝負に負けない自分”みたいな虚勢をはっている人とか
(牛田は勝手にこういった人々を“少年マガジン的感性”と呼んでいるのだが・・・)
なんというか自己アピールという以前にプレゼンの方向自体アレではないのか?
といったことに遭遇することもある。
最近、個人的に気になっているのは
「苦労話というのはつくづく自慢話であるなぁ」ということである。

新人をつかまえて
「俺が、その仕事をやっていた頃は
そんな制度(道具や新しい機械でもよい)がなかったので苦労したんだ」とか
まぁ、これに類する“より悪い状況や環境の中でやってきた自分”
だから結果的に“俺、エライ!”みたいな話は
この時期に大量に飛び回るハエみたいな勢いであったりする。


いや、元気があってよろしいですね・・・


むしろ「これが俺様の自慢だ!」とストレートに来ていただいたほうが
何かと清々しく話も短く済むのであるが
「笑えない考え落ちみたいなこと言われてもなぁ・・・」
と牛田は悪い性格でありながらも心を痛めたりするわけである。
あーそれと上手くいった事例をものすごく苦労したみたいに脚色してしまうのも
こういった“俺、エライ!”の変形種であると思っている。

ここまで書いておいてなんだが
別に苦労話にカコツケタ自慢話を牛田は、それほど不快に思ってはいない。
誰もが自尊心を持っているし他人からも敬意を払って欲しいと思っている。
私とて例外ではない。

ただ、残念というか申し訳ないというか
牛田に話をされた御本人は、そういったつもりはないのでしょうが
「カッコイイつもりで語っている姿は、かなりカッコ悪いですよ」って
・・・そんだけの話である。

2008年06月09日

軋み。

他殺であろうが自殺であろうが
あるいは事故死や病死など死に方に関わりなく
死というのは不条理なものでは有る。

だからといって、そのことが何の慰めにもなりはしないし
旅立った者は帰ってこない。

人の死の知らせを見聞きする度に
私は世界の軋みを思い知らされるような気持ちになる。
それが親しい人の死なら尚更のこと
誰に向かってというわけでもない「どうしてなんだ?」という問いは
死に方にではなく事実に対して発せられては消えてゆく。

我々は未来を予定しながら生きている。
「午後から、あの用事を片づけよう」とか
「明日の夕方までにはあの人に連絡をしておこう」とか
たいがいの場合、来る筈の“午後”や“明日の夕方”が消滅するなんて
想像もしなければ考えもしない。

しかし無情にも世界の軋みとは、そういった消滅をやってのける。
もちろん、私が、あなたがイナクナッテしまうという方法で・・・

直接的にも間接的にも人を死に至らしめる原因は沢山ある。
思いつくだけでもアレヤコレヤ・・・

明日の朝、目覚めても私は自分が生きていることに感謝なんてしないだろう。
仕事から帰ってきて五体満足に無事、一日を過ごせたとしても
自分が幸運だったとは思わないだろう。

不意に訪れた死の瞬間に私は何を考えるだろう?
いや、考える間もないかもしれない。

たぶん明日も、その次の日も私は保証されているわけでもない
“午後からのこと”や“明日の夕方までにやるべきこと”を考えているだろう。
「たぶん」なんて言っているが
希望的生命の連続性の維持を述べているにしか過ぎない。
だって世界がどんな風に誰の近くで軋むかなんて
誰にも解りはしないのだから・・・

ブログの更新もままならない故
もしも、私が死ぬようなことがあったら
少なくともネット上では確認のしようも無いことだなと思うが
まぁ、別に気に病む程のことでもない。

そんなことは家族、親戚、知人に伝わればそれで済む話だ。

また、おかしな方向に話が飛んでしまったなぁ・・・

2008年06月08日

梅雨。

良いイメージを獲得するために多少のインチキや欺瞞に目をつむるならば
結果的にそれは悪質な感性に他ならない。

そうそう、まさにそれこそが必要なことなのだ。
肝心なのは名目によって流通するということであって
停滞することではない。
電気を消してさっさと帰宅するよりは残業代を稼いだほうが
懐には優しい。
もちろん、それは大事なことさ。

イベントの関係者が浮かれている。
地球環境のために照明やアンプの電源を落としたりしたら
今度はいつ仕事にありつけるのやら・・・

話し合うことは他にもあったはずだが
真剣な議論というのはマズイ。
その切っ先が自身の方へ向けられることもあるかと想像すれば
クワバラクワバラ・・・この辺が落とし所かね?

おいおい、「エコだから買い替えましょう」っていうのは
いったいどこの誰が捻り出した屁理屈なんだ?
俺が広報の担当者だったら広告代理店にやり直しを命じるね
こんな事を信じる慌て者を相手に商売する気かね? 
人材不足なのか?よっぽどのアレなのか?

いやぁ〜本当にテレビというのは面白いよ
君たちには笑いの才能がある。
失笑というのをこれほど漏らしたのは久しぶりだよ。

下半身が水没した日にゃあ小便を漏らしたって
誰にも気がつかれやしないさ
まぁ、悪いことばかりでもないかな?

梅雨になったぜ、傘を忘れなさんな!
大雨にでもなって いっそ全部、流されてしまえば
スッキリもするんだろうが
そうもいかねぇな・・・。

2008年05月17日

顕在化。

独居老人の孤独死というのが、やたらと報道された時期があったと思う。
印象だけで語ってしまってアレなのだが
おそらく報道が目立った時期と今現在でも
それほど状況は変わっていないのではないかと思う。
いや多少は改善されたのかもしれない。
遺体発見が早くなったとか、その程度には・・・

その報道が目立った時期というのは阪神淡路大震災の後だった。
仮設住宅などでの孤独死が目立つ状況だったので
報道もそれらを取り上げる機会が多かったのだろうと予測される。
なにやら震災によって独居老人の孤独死が増えたような印象も受けたが
それは、あくまでも印象で本当のところは
それまでもあったはずの孤独死が震災によって、より顕在化したのだと思う。
都市が従来、持っていたはずの問題が見えやすくなっただけの話で
そのうち仮設住宅もなくなり再び孤独死が見えにくくなったのと
報道が、あるいは人々が興味を失うことで
問題は解決されたのではなくて
震災という出来事をきっかけに発見され、そして飽きられたのだと思う。

出来事というのは継続していても興味を失った途端
まるで存在しないかのように扱われるのはいつものことで
それでも、わずかな間でも世間の知るところとなったのであれば
まずは良しといったところで収まることに別に違和感もない。

今回の主題はそういったことではなくて
「自然災害というのは
その被災地がもともと内包していた問題を顕在化させるものである」
ということが言いたいわけなのである。

台風であれ震災であれ人為的な不正や政策の不備といったものが
より強固な災難となって降りかかってくる様というのは
あえて誤解を招く例えをするならば
神が人に与える試練のカタログをのぞき見るようでも有る。

もしかしたら助かっていたかもしれない人命というのは
「思想や金、時間の使い方の優先順位が間違っていたのではないか?」
という後悔と懸念、あるいは疑心暗鬼を引き起こすには充分である。
「今更どうにかなるものでもない」といった諦念までも含めて・・・

だからこそ国境や民族などに関わる恩讐はひとまず棚上げにしてでも
事に当たらなければ神の所業に対抗することなんて叶いはしない。
試練というのは「何にも出来ない私」というような状況さえも巻き込んでしまうほど
広範囲に試されているんではないだろうか?

少なくとも環境問題なんかよりは
よっぽど分かりやすいサインが投げ掛けられているような
私自身は、そんな気がしてならない。

2008年04月27日

特権。

ギターを弾き始めてから、もう随分となるのに
いまだに新しい弦に交換するときは、ワクワクと心が躍る。
特にフラットトップのアコーステックギター(以下アコギ)
の弦を張り替えるときは格別だ。

しばらくぶりにケースから出したギターには
茶色く濁ったブロンズ弦が緩めた状態で張ってある。
ペグ(糸巻き)を弦がダルンダルンになるまで更に緩めて
ブリッジピンをペンチで抜き取りゲージのボールエンドをブリッジホールからはずす。
面倒な時はニッパーで弦を切断してしまうのだが
時間がゆっくり流れる日曜の午後ならそれほど慌てることもない。
ヘッドやボディに溜まった埃を拭きとり
必要ならばフレットに布に浸したオレンジオイルを塗り付ける。

張り替えられた弦は、エッジの立ったシャリ感のある音から
しばらく弾き続けると多少、落ち着いた丸みのある音に変わって
やがてはボヨ〜ンとしたヌルイ響きになり、いわゆる“弦が死んだ”状態になる。
まるっきり演奏が出来なくなるというわけではないが弾いていて気持ちが良くない。

そういえばギターを弾き始めた頃は、演奏中によく弦を切ってしまって交換していた。
弦の品質が上がったからなのか弾き方が変わったからなのかは定かでないが
最近ではアコギに関しては滅多にそういうことも無くなった。
エレキでは弦が細いせいで今でもたまに演奏中に切ってしまうことがある。

私の弾き方だと、だいたいひと月足らずで死んだ状態になって交換時期が来る。
弦を交換せずにそのままケースに収めて
別のギターを取り出してローテーションすることも多い。

こだわりというほどでもないがアコギの弦なら
ダダリオのphosohor Bronze/Lightが好きだ。
一時期、モーリスのエレアコに他メーカーのミディアム・ライトという
ライトより少し細いゲージを張って具合が良かったので
Guildにも同じように張ってみたら期待したほどの響きにならなかった。
おそらく重くデカイGuild F-50RNTはミディアム・ゲージぐらいで
ちょうど鳴らしきれるのだと思うのだが
そこまで太いゲージになると私にはテンションがきつすぎて
扱えなくなってしまう。
ギターと演奏者とゲージの相性が必ずしも一致するとは限らない。
決定的な不幸というほどでもないが、結婚後の思惑が違ってしまうようにだ。

ということで現在の落としどころとしてはダダリオのphosohor Bronze/Lightが
私にとって最良の選択ではあったのだが
ひと月ほどダダリオのEXPというライト・ゲージを試してみた。

最近、いろいろなメーカーから長持ちするということで
発売されている弦に被膜をコーティングしたもののひとつである。
被膜が弦を埃や錆から守り長持ちさせるという理屈らしいが
実際の使用感としては、残念ながら私が期待していたほどではなかった。
使用条件にもよるのだろうが、特別に音質が長持ちしたという印象は受けなかった。
勝手な予測でアレだが、おそらく弦の音質の変化は
ゲージの物性による張力の変化に負う部分が大きいのではないかと思う。
音の印象なんて主観的なものだから使い方や環境
それに測定の仕方によっては、もう少し効果が認められるのかもしれないが
買い置きのEXPを使い切ったら、もとのphosohor Bronzeに戻るつもりだ。

それでも張り替えたばかりのゲージは気分が高揚する。
チューニングを済ませ眠っていたギターを
徐々に目覚めさせていく、あの瞬間。
再びきらびやかな響きが取り戻され「嗚呼、これだった」と思い出す至福のひととき。
「これはアコギの特権ではなかろうか?」とさえ思う。

私は他の楽器に関しては、まるで疎いので断言はできないが
例えばサックスのリードを交換したときにも同じような感動があるのだろうか?

アコギの弦を張り替えるというのは
再生に立ち会う感覚に訴えてくる体験というか
何か生命の不思議を垣間見るかのような・・・
いや決して大げさに書いているのではなくて本当に、そんな感じなのだ。


まぁいい、誰が何と言おうとこれはギタリストの特権なのだ。
信じられないというのなら試してみればいい・・・。


「霹靂(HEKIREKI)」

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hekireki_word.jpg

2008年04月26日

熱湯で3分足らず。

最初の思惑では、10曲以上まとまったらアルバムみたいにしようなどと考えておりましたが
そんなことをしていたら曲の発表が、まったくいつになるのやら・・・
という状況ですので随時、数曲まとまったらアップしていくことにしました。
今更ながらインターネット対応みたいな話でアレですが・・・

文章が思いつかずアップする予定の曲がアップ出来ていないなんて
本末転倒なことになっていますので、「これではいかん!」
というか自身の中で決めた基準というのは、なかなか強固でありまして
こちらに、お出でくださる方々には関係ねーちゃ無い話なんですが・・・

するってーと「ブログというのは誰のためにあるのでありましょう?」
書き手か?読み手か?らじろぐか?あるいはその全てか?
まぁ、どの辺に軸足をとってバランスさせていくかというような
表現を意識的にしていくうえでは、常々つきまとう悩ましい問題ではありますが
そこんとこ自分自身もうちょっとユル〜ク考えてもよいかと思っちょります。

特別、誰かから何か要請があったわけでもない独り相撲上手投げ状態を晒しておりますが
誰も困らん、誰も喜ばん、そしてインスタントラーメンが少々かた麺に
でき上がるくらいの時間、考えた末に・・・

「どーなのよ?」

「いや、別に・・・」

「だったらどーでもよいじゃん」

という結論に達しました。



とりあえず、そんなこんなで・・・

「SEXとファーストフード」

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sex_to...word.jpg

2008年04月19日

モノづくり。

長い間、製造の現場で働いてきた。
もともと文系の大学を出て最初の就職だった営業は肌に合わず
結局、モノを作るということの方が自分の性分には合っていると思っていた。
で、振り返ってみれば、ここ、二〜三年の間で
いわゆる“モノづくり”への幻想が私の中で
かなりの部分、萎えてしまった。

それほど多くない経験で語ることを許されるなら
コストダウンと納期短縮がせまられる現場で良い製品というのは
成立しにくいという、至極真っ当な結論に辿り着いた。
もちろん湯水のように使える時間さえあれば良い製品が出来るわけではない。

しかし、時間が限られている中での作業は当然、無理が生じるし
コストダウンのために材料のランクを落とすことで
不良品が発生する確率というのは確実に上がる。
そして、悲しいかな私のいた現場では
それら全てが要求され、全ての禍も降りかかってきた。

想像するに、おそらくそういった現場は、少なくないのではないかと思う。
"モノづくり”という言葉がなにやら私には夢見心地の言葉に思える。
メディアでとりあげられる世界に誇れる町工場の技術は確実に存在する。
しかし、その割合は、全体からいえば、幻想を喚起するには充分だが
“モノづくり”立国なるものを声高に誇れるほどでもないといった印象だ。

必要なのは“安くて良い”実態よりも
それ風のイメージさえあれば事足りる状況にすり替わっていくような
そんな不安と現実を受け入れざる得ない時間を過ごしてきたと思う。
しかし、それでも最高の品質ではないが
使える範囲の充分に足りうる製品ではある。

それでは、私が何に引っかかっているかといえば
要求されていることと実態に乖離が生じているせいで
事実上のダブルスタンダードが成立しているにもかかわらず
それは修正されずに責任の所在というロシアン・ルーレットに
つきあわなければならないということである。
もちろん銃口は弱い立場の者に向けられるのが常ではある。

海の向こうに有る世界工場の品質を嗤えるほど
ここは、労働条件や環境も含めて、それほど立派なものなんだろうか?
それほど酷くはないって程度のニュアンスこそが
相応しいのじゃないだろうか?

いや、たまたま私が経験した現場が特別だったのかもしれない。
日本中の製造現場の実情なんぞ知りうるわけもない。
それでも私は、いろんな意味で自分の中にある価値観に修正を加えながら
この数年の間で、良くも悪くも覚醒したのだと思う。

就職が決まってから、しばらく過去を振り返っては
そんなことばかりを考えていた・・・。

「熱狂の後始末」

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熱狂の後始末word.jpg

2008年04月16日

毛染め。

背に腹は代えられねぇや!
就職対策に見た目を少しでも良くしようと
渋々、白髪を染めた。ヘア・マニュキアというやつですな。

私は面倒くさがりやなので、この手の作業は苦手だ。
「皆、本当にこんなことやってんのかよ!」と独り言をぶつくさ言いつつ
毛染めがあちこち皮膚について、いらんとこまで黒くなる。
「いったい何の特殊メイクじゃ!」とこれまた一人でキレまくり・・・

なるほど見た目が数年前に戻った。
数年ってどんだけ前だったか定かに覚えちゃいないが
「そういや、こんな時代もあったよね・・・」っと

しかし、容姿の変化以外にも意外な効用があった。
気分が良くなったのである。
正確に書くと少々、鬱ぎみな気分が改善した。
余りの気持ちの変化に驚き怪しみつつ
原因らしきものを推察してみた。

「毛染めの香りだ!」たぶんそうに違いない。
具体的に何の成分がどうというのは解る筈もないが
脳が香りに刺激されてイイ感じになったのだと思う。
まぁ、極めて個人的な経験と結論なのでアレなのだが
俄然、香りに興味を持った次第である。

有る程度のプラシーボ効果かもしれんということを差し引いても
それほど罪の有る話でもないので
早速、お香を取り寄せて焚いているわけだが
気分改善に効くには効くが、近くで焚いたせいか
少々、のどがいがらっぽい。

お香の匂いがするギター抱えたおっさんに町中で遭遇したら
たぶん、それは俺だ。
その時は、まぁ、見逃してくれたまえ・・・って何を?

というわけで久々に曲をアップするとしよう。
つーか、「適当になんか文章をくっつけとかな・・・」と思って
毛染めの話なんぞを書いておるわけだが
いつものことながら曲と文章は全く何の関係もない。
とりあえず読んで聴いて風呂入って寝てくれ。
後はよろしくお願いします。


何にしても因果な話ではあるよな・・・。

「EERF」

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eerf _word.jpg

2008年04月14日

KIVAの件で補足。

フレットレス関係に次いでKivaの検索で
このブログに来られる方も多い。
たいしたことも書いていない上に
他の記事といえばろくでもないことばかりなので来ていただいた方々には
申し訳ないというか大変恐縮である。
それにKivaのシステムが日本の法に触れずに成立するのかどうかという問題も有る。
それよりもKiva本家のサイトは英語表記なんで興味はあっても
言語の壁があって「よくわかんね〜」という方もいらっしゃるであろう。

ということで

豊かさガイド:KIVA日本語の説明  http://www.yutakasaguide.org/kiva/index.html
(直リンはしてないのでコピペでお願いします。)

こちらのサイトを本家KIVAと見比べて頂ければ
興味の有る方には助けになるのではないかと思いましたので・・・

今日はそんだけ。

2008年04月09日

ショッカー。

先日、友人に誘われて久しぶりに釣行した車中で
NHKのBSで放映された石ノ森章太郎特集の話で大いに盛り上がった。
リアルタイムで子供時代は「仮面ライダー」などのヒーロー者を
食い入るように見ていた世代であるけども
大人になって見てみると突っ込みどころ満載で
「なんだこりゃ!?」感に囚われもしたが
それでも懐かしさの方が勝っていたので番組そのものは楽しめた。

それから、それから・・・。

2008年04月08日

運びましょ。

ブログの更新が滞るのは毎度のことなんで
そのことについて、いちいち言い訳する気もない。
あまりにも間をおきすぎて「ブログってどうやって書いてたっけ?」
という状態に陥っていたので少し自身のブログを読み返してみた。

それから、それから・・・。

2008年03月19日

ヒリヒリしました。

例えそれが他人事であっても

救いの手を差し伸べることが出来なくても

一方的な暴力や圧力によって誰かが傷つけられたり

蹂躙されることを許容することが出来ない

より正確に言うならば、許容してしまうと

私の中のちっぽけで臆病ながらも存在している良心が

まったく跡形もなく失われてしまうようで恐ろしい

何よりも自尊心の有り様が変形していくような恐怖を感じてしまい

斜に構えたモノの見方で逃げ場さえ用意していれば事足りるという問題ではなく

このヒリヒリした心は確かにあって

その理由もなんとなく解っている

一方で誰かの目線が気になっていたとしても

これは、それよりも大事なことなんだと本能が告げている

たぶん、目覚めるたびに死体と不信感だけは確実に増えていて

出来の悪いタダ不愉快な物語を見せられているような気分になるに違いない

チベットに知り合いがいるわけでもなく

映像のダライ・ラマはあまりに普通のオヤジに見えるというのはさておいて

今更、知った歴史的経緯を差し引いても

これ見よがしな装甲車で世界の中心に居座っているような

勝手な思いあがりが失笑されても

俺の心がヒリヒリしているのは間違いない

2008年03月15日

ミットモナイ話。

いろいろなことが止まってしまっている。
まずは、就職。一番頭の痛いところではある。
引き続き贅沢を言わず探します。

楽曲の録音。
楽曲の構成が決まらないのでドラムのパターンが組めない状態。
時間は、あるのに作業が進まず。
とりあえず三曲ほどオケと歌入れは済ますものの

そこまで。

いったい何時頃どんだけの曲数で発表するつもりなんだ俺は・・・。


積ん読の読破も遅々として進まず。
数が多すぎる上に視力低下で読んでいるうちに面倒になってくる。
集中力も低下しておるな。

で、ヒキコモッテイルト不安が襲ってくるので友人に電話してみる。
「あんたなんか、ワシよりもマシなのに何を悩んでおるの?もっと楽しまな!」
と笑い飛ばされる。

ゴモットモ、今日明日、生き死にの結果が出るわけでも無し。


あれやこれやと振り返っては考えることも多い。

自分自身に甘くというよりは身体と精神を壊してまで
耐えなきゃならんことなんてあるのだろうか?
拷問される国家機密を知ったエージェントでもあるまいし
そうであっても自分に代えが効かないのは同じことではある。
絶対に私は秘密諜報員むきではないね。
まぁ、依頼もなかろうけど・・・。

ここんとこ撤退が続いたので私自身、そりゃイロイロ傷ついたわけであるけど
撤退してなきゃどうなっていたことかとも思う。
自己防衛と自己肯定というのは
みっともなくても無いと困るもんだなと。

文章にして書いてしまうと余計に
自分が不憫に思える
古池や、蛙飛び込む、水野晴郎なわけであるが
他人様が、どう思うかはともかく
やはり自分が大事ということで逃走肯定論者の私としては
カッコ悪く生きることの出来る社会というのを夢想するわけであります。
いや、それでも「シベリア超特急」シリーズ化するのはどうか?
とも思うわけなのね、関係ねーけど。

とりあえず飲みすぎには注意しつつ
適当というのが、どれほど尊いものか、しみじみとしておるわけです。

2008年03月06日

連鎖を止めるアレコレ。

“寛容”というものについて
最近、思索を巡らしたりしているわけである。
つまり寛容さというものを他人に求めることは
有りがちであるけども
私自身が他人に対して寛容でいられるのか?
あるいは、寛容であっただろうか?
などという実生活には、な〜んも役に立ちそうにない
毎度バカバカしい与太話で御座います。


それから、それから・・・。

2008年02月25日

無気力第一次報告。

寒いのは苦手であります。
毎年のように寒い時期になると
新しい暖房器具、つまり石油ファンヒーターを購入するかどうか
悶々と悩むのが恒例になっちまってます。
「そのうち我慢してれば暖かくもなるだろうと・・・」
わけの判らん理屈を自分に言い聞かせて
いったい幾つの冬をやり過ごしたのでありましょう
いや、ほんと換気なんかも面倒くさそうだし

「助けさんや、角さんや
いったいワシはどうしたらよいのかの〜ホッホッホッ・・・」

などと由美かおるの入浴シーンに、ついつい釘付けになってしまう
荒れ模様の日本海、皆様いかがお過ごしでありましょうか?

まぁ、何時までたっても解決しない牛田の暖房器具問題は、さておき
そろそろブログを更新しとかなあかんのかしら?
とゴソゴソ布団から這い出してきてキーボードを叩いておるわけです。
繰り返しになりますけど、そもそもこのブログは
私の自作曲を聴いてもらいたいがために
無駄にダラダラと文章を書いておるわけですが
年数と回数を重ねると、さすがに書きたいことも尽きてきて
かといって楽曲はなかなか出来あがらねぇし
こりゃ困ったもんだ。
「かぐや姫もそろそろお年頃で
求婚者も沢山やってきて、どうしたもんかね?お婆さんや」

・・・とかなんとか油断してると
途中で話が変わっちまってるじゃねーか!

要するに全くやる気の起こらない状態というのが
ここんとこ続いておりまして・・・
いやもうブログがどーとかいう話ではなくて
生活全般が気だるさと寒さと無気力に支配されてしまって
弱っておるのであります。

あーっ!お腹が減ってきたので今日はここまで。

いったい何時までこの状態は続くのでありましょう?

そのうち更新される次回を待て!

2008年02月14日

叫び。

寒い日が続いております。
皆様いかがお過ごしで御座いましょうか?
今日、2月14日はこのブログをご愛読頂いている方はご存知の通り
「バレンタインデー」であり、尚且つ「にぼしの日」という
ややこしくも、嬉し恥ずかし
わたくし個人的には「どっちも関係ねー」普通の日なわけで御座います。



ムンク展。.jpgということで意表を突く
まるっきり関係ない話題で
アレナンデスガ・・・
「ムンク展」にいって参りました。
そうです、あの「叫び」で有名な
ムンクであります。
「不安」とか「絶望」とか
お約束の暗い題材。
でもって本当に暗い感じのくすんだ色調と
ボンヤリとはっきりしない輪郭で
描かれた油絵。
決して丁寧ではないタッチといい
絵筆にディストーションが
かかりまくってる感じでしたね
それもノイズゲートなんか繋がずに・・・

どこをどう切り取っても
ムンク以外の何ものでもない絵に
圧倒されましたけど
意外にも
その他の風景画であったり素描なんかは
明るい感じで描かれておりまして単純に
「ムンクってやっぱり絵が上手い!」
なんて箸にも棒にもかからないような感想を持ったのでありました。











個人的には展示の初っぱなに飾られた「吸血鬼」と
順路後半にあった不吉でありながらも高貴で美しい「マドンナ」に
グッときちゃいました。


吸血鬼.jpg「吸血鬼」は
女性が男性を抱きかかえている
絵です。
「吸血鬼」というイメージが
あまりにも鮮烈なために
そこには
むせ返るような
エロティシズムと
生命が溢れている。
長く絡みつくような女性の髪が
滴り落ちる血のようでもある。
喜びとは
無関係に存在する生命が
鬱陶しくさえ感じる。







マドンナ.jpg





一方の「マドンナ」は不気味ではあるけれど
生命の脈動が感じられない。
静かに滅びてゆくことが当然のように受け入れられ
奇妙で、それでいて
高潔な眠りを思わせる表情であります。


ムンクは「死」を対峙することで
より鮮明に「生の不安」を浮かび上がらせていますが
その不安というのは決して
「死」そのものに対する不安ではなく
「生」が本来的に抱える
不確かな解決のつかない「不安」ではないかと思うのです。
それが故に「死」は「生」によってしか意識されない。
不快ではあるが不安というわけではない現象として位置づけているのではないか

たとえば「屍臭」という作品では、遺体そのものは描かれておらず
鼻をつまんで不快げに部屋のドアを開けている人たちが描かれています。
画像が用意出来なくて残念ですが
そこには、いつものようなくすんだ色調とボヤケタ輪郭があるけれど
不安よりも困惑に支配されている。

ムンクの一番有名な作品「叫び」は本物ではなく
コピーされていたものが展示されていましたが
それを差し引いても感じることの多い展覧会でした。

晩年のムンクがアトリエで
自分の作品の並べ替えを頻繁にやっていたというエピソードも
アルバムの曲順で悩んでるミュージシャンみたいで
「そうそう、順番というのは大事なことであるよな」と共感したわけです。

さて、先日の「インカ・マヤ・アステカ展」に引き続き
今どきの展示会グッズは、えらいことになっちょります。

それから、それから・・・。

2008年02月08日

空気を読む話。

所詮、自己表現などというものは痛くてキモイものではあると
身も蓋もないことを考えてしまうわけである。
そうであるからこそ面白いとも思うのだが

それから、それから・・・。

2008年02月06日

不成功。

もう二月なんである。
私はというと結局、就職に失敗して面倒なことに
また失業者になってしまった。いやはや、お恥ずかしい。

それから、それから・・・。

2008年01月27日

コミュニケーション。

コミュニケーションが大事であるということに別に異論はない。
総合理解を深めることが組織やコミュニティの風通しを良くして
物事が円滑に進み、争い事を遠ざけ
本来、支払うべきでない社会的コストを低減さしてくれるという結末に
我々を導いてくれる有効なツールとしてそれが機能するのなら
まことに喜ばしいことではある。

それから、それから・・・。

2008年01月06日

ギャップ。

先日、新年会ということで若い人と席を同じにする機会があったのだけど
なるほどこれがジェネレーションギャップというものかと納得した次第である。
つまりは、若い人と話が合わないということなのだが
今更、おっさんの昔話を
若い感性に繰り返したところでどうにもなるもんじゃなし
私は、周りで繰り広げられる会話を酩酊した状態で
ただ、口数少なく聴いていたわけである。

それから、それから・・・。

2008年01月03日

気になるNew Year。

明けましたよ。
毎年のことですが明けましたとも

A Happy New Year ですよ。

それはそうと私のmixiに足跡を残していかれる方というのは
このブログを見てこられた方なんでしょうか?
mixiでも牛田@宅六で居候してますからね。

もし、そうであれば一言かけていってくださいな。
マイミクになりましょうなんて図々しいことは申しませんから
別にマイミクになっていただいても牛田としては何の差し障りも御座いませんが
mixiは開店休業状態ですのでね、あまり御期待にはそえないと思いますけど・・・

そんなこんなで年初は少しばかり気の利いた企画でもありゃぁいいんですが
アイニク、これといったことも思いつきませんので
年末から年始にかけて、ちょっと気になったことをダラダラと紹介していこうかと
このような次第であります。





それから、それから・・・。

2007年12月28日

箱。

物事には順序ってものがある。
最後をそれなりに飾るには、華々しくなくとも始まりと内容が必要なわけだが
そういったことをサボってすっ飛ばして今日に至る。

普段はそれほど熱心にBlogを更新をしているわけでもない私も
一年の最後ぐらいは体裁を気にして何か書いとこうかという気持ちにはなる。
なんだか一年単位で振り返るのもまどろっこしくて
さりとて一生をふりかえるのも、まだ早い気がするし
「まぁ4〜5年ぐらいまとめて振り返っとくか!」って
単位として明らかにオカシイだろ!それっ!

それから、それから・・・。

2007年12月11日

激励。

他人を激励する言葉は難しい。
いや、私が意識しすぎて
あるいは不必要に考えすぎているだけなのかもしれないのだが・・・

それから、それから・・・。

2007年12月09日

消費行動。

もちろん今更、そんなもの必要でもなんでもなかった。
要、不要で判断するならば明らかに不要で尚且つ過剰である。

・・・ギターを買ってしまった。

それから、それから・・・。

2007年12月01日

記念日。

別に今頃になって、「その話題って何か意味があるのかよ?」
などと、つい自身に向かって突っ込んでしまうわけであるが
このBlogも二周年を迎えてしまっていたと
迂闊にも気がついたわけなんである。

それから、それから・・・。

2007年11月18日

ヒット曲。

あ〜クソッ!こんなところにあったか・・・俺はずっと探してたんだよ!
やっと見つかった。
最近Macで音楽聞いてることが多いんで、すっかり忘れちまってた。
そうかCDプレーヤーの中にあったか!って
なんぼほどCDプレーヤーに触ってないんだ俺は・・・

それから、それから・・・。

2007年11月15日

パブコメ。

締め切りギリギリで慌てて書いたので
上手くかけたかどうかはわかりませんが・・・
とりあえずパブリック・コメントを出しときました。
なんのことやら解らん!という方はこちらへ

http://miau.jp/


報告書項目名 : 「第30条の適用範囲からの除外」(104ページ)

報告書項目名 : 「第30条の適用範囲から除外する場合の条件」(105ページ)


ダウンロードの違法化に反対します。
なによりもこれは、今まで脈々と連鎖を続けてきた文化の鎖を断ち切る恐れのある法律であると思います。
インターネットによって多くの人が商業主義的な拘束から表現の自由と悦楽をようやく取り戻しつつあるのだと私は信じています。
そうした自由を制限し不明確でいかようにも運用出来るような法律は一部の既得権益を守るためのものであり
まさに時代に逆行した愚行であります。
確かにインターネットは様々な問題を抱えてはいますが、このような法律を
性急に成立させるべきではないと思っています。
そして、まさにこれは著作権というものが著作者にとってどうあるべきか
表現者が望む選択肢にはどのようなものが可能かを議論する良い機会であると考えます。
いたずらに犯罪者を作り上げて
表現や作品に関わりを持とうとする人々を後ろめたい気持ちにさせたり
傷つけたりするような、そういった可能性を大いに孕む
ダウンロードの違法化に私は反対します。

2007年11月05日

パンツ。

失ってみれば初めて、それは存在していたのだと解ることがある。
例えばそれは健康だったり愛情だったりする。
今の私は転職したこともあり失って気がついたものといえば
およそ一年以上在職した職場の立ち位置であったり
現在の就業先ではまったく意味をなさない知識だったりする。


それから、それから・・・。

2007年10月21日

面白選択基準法。

何かにつけて意識的な選択の基準というやつがあるだろうか?
例えば「より安全で手堅い」とか
「リスクは高いが成功すれば見返りが大きい」なんかが
思うに一般的な選択の基準、西と東の横綱!みたいなものだとは思う。
まぁ、自分で書いてて相撲に例えるのも
トンチンカンで意味不明ではあるのだが・・・

それから、それから・・・。

2007年10月13日

先行き。

すっかり更新しないのが普通になってしまっている牛田です。
10月に入ってから、やたらめったら忙しかったのですが
ようやく落ち着きました。それでもFotologだけは律義に?
更新していたわけで、飽きないですねデジカメは。

それから、それから・・・。

2007年09月22日

無駄に更新。

「自由研究」の記事で紹介した
日立のデジカメi.megaで撮影したグニャリと曲がった被写体画像や
セロファン越しに撮った写真が溜まってきました。
Fotologでは紹介しきれないので
新たにウェブ・アルバムにまとめて公開することにしました。
お気に入りリンクに「ゆるフォト」と名付けてリンクを貼り付けましたので
たまに覗いてくださると更新しているかもしれません。
まぁ、半分冗談みたいな写真ですが、私自身は楽しんで撮ってます。

どうも暑さのせいか、ありとあらゆることに
すっかりやる気を無くしている今日この頃なんですけど
考えるのも書くのも録音するのも「もう、やだよ〜ん!」という感じです。

しょうがないので業務連絡というか面白いことは何にも思いつきませんけど
とりあえず無駄に更新だけでもしておこう・・・てなわけで

涼しくなったら、もう少し
なんとかなるような、ならないような・・・

皆様も御自愛くださいまし。

2007年09月17日

菊一輪。

手持ちのCDをiTunesに読み込ます作業も
いよいよ終盤にさしかかったので
牛田がどんな音楽を聴きながらネットでウロウロしているか
皆さんに興味が在るかどうかは別にして、公開することにしました。
last.fmのウィジェットを貼り付けると御覧の通り
ブログの見た目が随分、賑やかになりました。
まぁ、今までが殺風景過ぎたのかも知れません。


それから、それから・・・。

2007年09月16日

世間知らず。

「世間知らず」と誰かが揶揄して言うとき
果たして人はどれほどの世間を知りうるものなのか?
実はずっと以前から気になっていたことではある。


それから、それから・・・。

2007年09月09日

KIVA。

なるほど、これは本物の革命なのかもしれないな・・・
なんてNHKのKIVAを取り上げた番組を見ながら思った。

番組の内容をそのまんま要約すると
KIVAは発展途上国、主にアフリカのウガンダの起業家に
インターネットを通じて融資するシステムである。
”P2Pローン”って言うんだそうです。
先進国の人にとっては僅かな金額でも
ウガンダの起業家にとっては充分な運転資金であるというのがミソで
個人レベルでインターネットを通じて営業の進捗が報告されたり
起業家と融資した人が対話出来るのも素晴らしい。
もちろん融資したすべての事業が成功するわけではないが
仕事をしたいという意欲のある人に直接金銭が渡るというのは
Live Aidのような派手さは、ないかわりに堅実で長続きするものだと思われる。

つまり、これはイベントではなくビジネスだという意味なんだけど・・・

「善意が必要な人々に果たして届いているのか?」という疑念というのは
あらゆる募金活動が払拭できずに実際、問題だってあるわけだけど
これは、なかなか悪くないんじゃないかと思う。
KIVAは募金活動のつもりで融資する人も少なくないのだろう。
ん〜でも今後どうなるかはわかりません。

正直、インターネットの革命を謳う輩というのは
金の亡者かよっぽどのアレだと思っていた私ですが
認識を改めました。ゴメンナサイ・・・。

良い方向で成功すればいいけどね。

2007年09月07日

助け合い。

”自助努力”とか”自己責任”という言葉に
最近の私は何やら不信感を感じている。
正確に言えばそれらの言葉の使われ方に
ある種の違和感、もっとザックリ言えば
”言い訳”や”インチキ”を感じている。

それから、それから・・・。

2007年09月03日

つき合い。

別に狙ったわけではないのだけど先日投稿した「自由研究」という記事が
検索でヒットして、このブログに来られた方が数名いらっしゃった。
まぁ、読んで頂ければ解る通りのネタ記事に戯れにつけたタイトルであるから
夏休みの終盤に必要とされる情報なんぞコレッポッチも書かれていないわけだが
まさにインターネット恐るべしである。


それから、それから・・・。

2007年08月25日

入札。

久しぶりに思い立って
貯まったCDをiTunesに読み込ませている今日この頃です。
そんなことしながら思ったのですが
”音楽の話”というのは難しいという話です。


それから、それから・・・。

2007年08月20日

自由研究。

酷暑である。
「そんなこと牛田に言われなくともワカットルわい!」
とツイツイ苛ついてしまうほどのコ・ク・シ・ョなわけであります。
そんなこんなで牛田もスッカリやる気を無くしつつ
「あ〜働きたくね〜」と呟いてみたところでソコはそれ・・・
ノンキナことばかりも言っておれんわけです。

ということで今回は牛田的夏休みの自由研究ということで
有りがちな愚にもつかない記事なんぞ書いて
お茶を濁そうという魂胆なわけで御座います。


レロレロレロ・・・・ピー
(酷暑の為、壊れぎみ意味不明)


Fotologの方でもチョコッと触れておりますけど
トイカメラに興味津々な今日この頃の牛田です。
フィルムを使用する銀塩写真の”ホルガ”や”LOMO"では
一旦プリントしなけりゃならん手間もあるので
デジカメでそういうのを楽しみたいと思ったわけです。
まぁ、調べていくうちに理解したんですが
トイカメラといっても銀塩とデジタルではかなり事情が違うわけでして
どちらも低性能であるが故に
予測のつかない画像の記録を楽しむという共通点はありますが
その結果、記録される画像は似て非なるもの
場合によっては全然、似てないわけであります。


牛田がトイデジカメと勝手に認識している”MINOX”は
独特な性能と個性であるが故に
いわゆる世間的な高性能では計れない魅力があるわけですが
牛田にとっては高額な故、手が出しにくい。

そこで牛田は
どちらかというと低価格機種のデジカメの中から
希望に適う機種を捜せばいいんじゃねーの?
と安直に思い立ったわけです。
選択の条件は・・・

1、出来るだけ低価格である。中古でもOK
2、SDカードが使用出来る。
3、電源が乾電池であること。
4、撮影素子がCMOSであること。

そして、条件に合いそうだというので
見つけた中古がこれです。

CIMG1577.jpg

”日立i.mega HDC504”牛田の条件を全てクリアしてしまう強者!
メーカーの日立にしてみれば「トイカメラのつもりじゃねーぞ!」
と怒られそうですが・・・
そりゃ、もう嬉しくなるほどのアレな性能。いや、個性的な記録画像!
500万画素の意味がわかんねーぐらいの素晴らしさ!
もちろん誉めてるわけです。

せっかく捜し出した思い通りのデジカメが
CanonのPowerShot並の高性能だったら牛田はガッカリしちゃいます。
このデジカメは解った人が買う商品であると
キッパリ宣言しちゃいましょう。
とまぁ、ここまでくれば
頼まれもせんのに勝手にデジカメ比較するしかないでしょう!

対する挑戦者は、ここんとこ牛田が愛用している
CASIOのEX-600Sルミナス・ゴールド600万画素CCD方式
そしてゲストに京セラau携帯電話131万画素のCMOS方式で御座います。
ジャジャ〜ン!
i.mega様で撮影したらいきなり風味豊かな画像。
(この一枚だけわかりやすくするために
コントラストとシャープをソフトでいじくりました。)
0014.JPG

それでは室内撮影比較、お題は「牛田さんのエフェクター」です。
(Blogの都合上リサイズしてあります)
まずはCASIOから・・・
ef-casio.JPG
いや〜さすが今どきのデジカメです。
クッキリ、バッチリ!
「エフェクターのシールドをもう少し整理しろよ!」って感じですね。

それでは続きましてi.mega様ヨロシク・・・
ef-i.mega.JPG
室内は不得手のようですね。ピントは明らかに外れてます。
同じ明るさで撮影したとは思えないほど
そこはかとない酒場感を漂わしちょります。
個人的にはグッときますね。
「熱燗もう一本!」思わずおかみさんの苦労話に耳を傾けるナイスミドル
そんな感じでしょうか・・・

それではゲストのケータイさんどうぞ!
ef-keitai.JPG
なんだかやたらとアートしてますね。
”遠い記憶”みたいな画像になってますけど
実はこれを撮影する2時間ほど前にケータイさんは
一枚撮ってるんですね。それがこれです。
ef-keitai2.JPG
おおぉ〜光の差し込み加減で奇跡的にピントが合ってます。
これぞ予測不可能のトイ!
面白いものでdyna compの赤はケータイさんが一番いい感じで
再現できてたりします。

あ〜それではこの三台を持って外に出てみましょう!
(暑いよ〜暑いよ〜本当はオンモに出たくないよ〜)

キ〜コ〜、キ〜コ〜自転車を漕ぎつつ適当な被写体を捜す。
面倒くさいのでこれにしときましょう・・・次なるお題は
「真夏のクレーン2007ロンリー、マイハート」です。

まずはCASIOでパチリ!
k-casio.jpg

続いてケータイさんでパチリ!
k-keitai.JPG

それから
i.mega様でパチリ!
k-imega.jpg
質感は画像が小さいので解りにくいですが
ケータイさんがベタっとした感じですね。
色は三者三様、個人的にはi.mega様のいなたい感じが素敵で御座います。
同じ場所から撮影しましたが、こうも違うもんですね。
ケータイさんは牛田のミスでうっかり縦横気にせずに撮影しちゃいました。
やはり明るい日差しの下で撮影するとどれもそれなりに撮れますね。

で、今回はこれだけでは終わらない!もう少しおいらにつきあってくんな!myハニー!

わざわざi.mega様をもっと楽しむ為にNASAと共同開発した。(嘘です)
必殺の秘密兵器!KGBが殺し屋雇ってでも欲しがる。(んなこと、あるわきゃ〜ない)
その名もデジカメ戦隊セロレンジャーイ!

赤レンジャ〜イ!
HIMG00r.jpg
燃える情熱!革命の色だぜ!アイ・アム・ア・アナーキスト!byピストルズ

青レンジャ〜イ!
HIMG00b.jpg
冷静沈着!ニヒルでクールなタフガイさ・・・フッフッフッ

ミドレンジャ〜イ!
HIMG00g.jpg
チビだけどすばしっこくてスポーツ万能!メカのことなら俺にお任せ!

黄レンジャ〜イ!
HIMG00y.jpg
気は優しくて力持ちカレー大好き!メタボリック進行中!

そしてその実態は!セロファンを厚紙に貼っただけの
(ひときわ大声で再びアオリ)
デジカメ戦隊セロレンジャーイ!
CIMG1574.JPG
決めっ!

残念なことにセロファンでピンクを用意出来なかったので
ミニスカお色気キャラ桃レンジャ〜イ!がなかったことが
心残りで御座います・・・。
ちなみに少々貧乏臭いですがこんな感じで使います。
CIMG1583.JPG
それぞれが醸し出すスィート・カラーのハーモニー。
低価格機種の味の有る画像など
楽しんでいただけましたでしょうか?
皆様もお暇があれば是非・・・。

夏休みの自由研究・・・オシマイ。

07年08月26日追記
HIM00.JPG
適当に車中からi.mega様で撮った狂った画像。
こういうのが偶然に撮れると楽しい。


それから、それから・・・。