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    <title>もっと、ましなやりかた・・・。</title>
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      <title>カッコイイ話。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/301321.html</link>
      <description>以前、ブログで私にとって環境問題というのは環境に良いかどうかではなくて、つきあいみたいなもんだと書いたと思うがそのつきあいも程々にしておこうと思う。というか最初から、それほどつきあいに熱心なわけでもない。むしろ何の疑念も抱かず熱心な発言を繰り返す人々を心の中で馬鹿にしている性格の悪さは相変わらずでなんだか自分が賢くなったように錯覚してしまう今日この頃である。カッコイイことというのは、言葉にして発せられたとたんそのほとんどが嘘になるか後々、みっともない訂正や修正が加えられるものである。だから、結果的にカッコ悪くなるというのが世の常でそれでも、そういった一連の物語というのは会社の給湯室あたりでOLの密かなヒソヒソ話しでもって口頭伝承されていって会社単位のお笑い伝統芸能みたいなものになるものである。こういった事例は、どっかの社長や大臣なんかにもよく見受けられる。まのそうな肩書きのついた人々は役割上周囲からもそういった心地よくカッコイイ発言を待望されている状況もあるわけだが結果が深刻すぎて、どうにも笑えない事の方が多いように思う。“男らしさ”とか“勝負に負けない自分”みたいな虚勢をはっている人とか（牛田は勝手にこういった人々を“少年マガジン的感性”と呼んでいるのだが・・・）なんというか自己アピールという以前にプレゼンの方向自体アレではないのか？といったことに遭遇することもある。最近、個人的に気になっているのは「苦労話というのはつくづく自慢話であるなぁ」ということである。新人をつかまえて「俺が、その仕事をやっていた頃はそんな制度（道具や新しい機械でもよい）がなかったので苦労したんだ」とかまぁ、これに類する“より悪い状況や環境の中でやってきた自分”だから結果的に“俺、エライ！”みたいな話はこの時期に大量に飛び回るハエみたいな勢いであったりする。いや、元気があってよろしいですね・・・むしろ「これが俺様の自慢だ！」とストレートに来ていただいたほうが何かと清々しく話も短く済むのであるが「笑えない考え落ちみたいなこと言われてもなぁ・・・」と牛田は悪い性格でありながらも心を痛めたりするわけである。あーそれと上手くいった事例をものすごく苦労したみたいに脚色してしまうのもこういった“俺、エライ！”の変形種であると思っている。ここまで書いておいてなんだが別に苦労話にカコツケタ自慢話を牛田は、それほど不快に思ってはいない。誰もが自尊心を持っているし他人からも敬意を払って欲しいと思っている。私とて例外ではない。ただ、残念というか申し訳ないというか牛田に話をされた御本人は、そういったつもりはないのでしょうが「カッコイイつもりで語っている姿は、かなりカッコ悪いですよ」って・・・そんだけの話である。</description>
      <pubDate>Sun, 06 Jul 2008 20:23:08 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>軋み。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/293339.html</link>
      <description>他殺であろうが自殺であろうがあるいは事故死や病死など死に方に関わりなく死というのは不条理なものでは有る。だからといって、そのことが何の慰めにもなりはしないし旅立った者は帰ってこない。人の死の知らせを見聞きする度に私は世界の軋みを思い知らされるような気持ちになる。それが親しい人の死なら尚更のこと誰に向かってというわけでもない「どうしてなんだ？」という問いは死に方にではなく事実に対して発せられては消えてゆく。我々は未来を予定しながら生きている。「午後から、あの用事を片づけよう」とか「明日の夕方までにはあの人に連絡をしておこう」とかたいがいの場合、来る筈の“午後”や“明日の夕方”が消滅するなんて想像もしなければ考えもしない。しかし無情にも世界の軋みとは、そういった消滅をやってのける。もちろん、私が、あなたがイナクナッテしまうという方法で・・・直接的にも間接的にも人を死に至らしめる原因は沢山ある。思いつくだけでもアレヤコレヤ・・・明日の朝、目覚めても私は自分が生きていることに感謝なんてしないだろう。仕事から帰ってきて五体満足に無事、一日を過ごせたとしても自分が幸運だったとは思わないだろう。不意に訪れた死の瞬間に私は何を考えるだろう？いや、考える間もないかもしれない。たぶん明日も、その次の日も私は保証されているわけでもない“午後からのこと”や“明日の夕方までにやるべきこと”を考えているだろう。「たぶん」なんて言っているが希望的生命の連続性の維持を述べているにしか過ぎない。だって世界がどんな風に誰の近くで軋むかなんて誰にも解りはしないのだから・・・ブログの更新もままならない故もしも、私が死ぬようなことがあったら少なくともネット上では確認のしようも無いことだなと思うがまぁ、別に気に病む程のことでもない。そんなことは家族、親戚、知人に伝わればそれで済む話だ。また、おかしな方向に話が飛んでしまったなぁ・・・</description>
      <pubDate>Mon, 09 Jun 2008 23:40:49 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
          </item>
        <item>
      <title>梅雨。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/293039.html</link>
      <description>良いイメージを獲得するために多少のインチキや欺瞞に目をつむるならば結果的にそれは悪質な感性に他ならない。そうそう、まさにそれこそが必要なことなのだ。肝心なのは名目によって流通するということであって停滞することではない。電気を消してさっさと帰宅するよりは残業代を稼いだほうが懐には優しい。もちろん、それは大事なことさ。イベントの関係者が浮かれている。地球環境のために照明やアンプの電源を落としたりしたら今度はいつ仕事にありつけるのやら・・・話し合うことは他にもあったはずだが真剣な議論というのはマズイ。その切っ先が自身の方へ向けられることもあるかと想像すればクワバラクワバラ・・・この辺が落とし所かね？おいおい、「エコだから買い替えましょう」っていうのはいったいどこの誰が捻り出した屁理屈なんだ？俺が広報の担当者だったら広告代理店にやり直しを命じるねこんな事を信じる慌て者を相手に商売する気かね？　人材不足なのか？よっぽどのアレなのか？いやぁ～本当にテレビというのは面白いよ君たちには笑いの才能がある。失笑というのをこれほど漏らしたのは久しぶりだよ。下半身が水没した日にゃあ小便を漏らしたって誰にも気がつかれやしないさまぁ、悪いことばかりでもないかな？梅雨になったぜ、傘を忘れなさんな！大雨にでもなって　いっそ全部、流されてしまえばスッキリもするんだろうがそうもいかねぇな・・・。</description>
      <pubDate>Sun, 08 Jun 2008 22:07:01 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>顕在化。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/286757.html</link>
      <description>独居老人の孤独死というのが、やたらと報道された時期があったと思う。印象だけで語ってしまってアレなのだがおそらく報道が目立った時期と今現在でもそれほど状況は変わっていないのではないかと思う。いや多少は改善されたのかもしれない。遺体発見が早くなったとか、その程度には・・・その報道が目立った時期というのは阪神淡路大震災の後だった。仮設住宅などでの孤独死が目立つ状況だったので報道もそれらを取り上げる拒が多かったのだろうと予測される。なにやら震災によって独居老人の孤独死が増えたような印象も受けたがそれは、あくまでも印象で本当のところはそれまでもあったはずの孤独死が震災によって、より顕在化したのだと思う。都市が従来、持っていたはずの問題が見えやすくなっただけの話でそのうち仮設住宅もなくなり再び孤独死が見えにくくなったのと報道が、あるいは人々が興味を失うことで問題は解決されたのではなくて震災という出来事をきっかけに発見され、そして飽きられたのだと思う。出来事というのは継続していても興味を失った途端まるで存在しないかのように扱われるのはいつものことでそれでも、わずかな間でも世間の知るところとなったのであればまずは良しといったところで収まることに別に違和感もない。今回の主題はそういったことではなくて「自然災害というのはその被災地がもともと内包していた問題を顕在化させるものである」ということが言いたいわけなのである。台風であれ震災であれ人為的な不正や政策の不備といったものがより強固な災難となって降りかかってくる様というのはあえて誤解を招く例えをするならば神が人に与える試練のカタログをのぞき見るようでも有る。もしかしたら助かっていたかもしれない人命というのは「思想や金、時間の使い方の優先順位が間違っていたのではないか？」という後悔と懸念、あるいは疑心暗鬼を引き起こすには充分である。「今更どうにかなるものでもない」といった諦念までも含めて・・・だからこそ国境や民族などに関わる恩讐はひとまず棚上げにしてでも事に当たらなければ神の所業に対抗することなんて叶いはしない。試練というのは「何にも出来ない私」というような状況さえも巻き込んでしまうほど広範囲に試されているんではないだろうか？少なくとも環境問題なんかよりはよっぽど分かりやすいサインが投げ掛けられているような私自身は、そんな気がしてならない。</description>
      <pubDate>Sat, 17 May 2008 01:20:18 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>子年卯月まとめ。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/281949.html</link>
      <description>「もう、働いております。」いやね、一部では就職が決まってから「まだブラブラしてんじゃねーか？」と思われているようなので・・・おかげさまでちゃんと日々、労働しておりますとも！そんなことは、さておき。とりあえず手元に有った録音済みの楽曲は全部、放出しましたので今回、久々のまとめとなった次第です。牛田は、作業にとりかかるまでが遅いというか重い腰が、なかなか持ち上がらない性分故に二年程の間で結局、4曲を録音したということであります。これが多いのか？少ないのか？よく解りませんがこの二年間は、失業と就職を繰り返した慌ただしい期間でもあり音楽に専念するといった感じでは、なかったですな。釣りに出かけたりネットでグラビア・アイドル検索したりと他に誘惑も多いですし限られた時間が何かと拡散する今日この頃。巷ではCDが売れないとか出版不況であるとかテレビのスポンサー離れが加速しておるとか景気のよい話は聞きませんがそもそもヒット作というのは、日ごろ音楽をあまり聴かない。本を読まない。番組を見ない。そういった層まで取り込むからヒットになるわけでこういった業界は本来、それらを支えるはずのコアな層を育てることを怠ってきたのではないか？と思うわけです。音楽だって読書だって映像だって好きな人は探してでも聴いたり読んだり見たりしてますよ。でも、それは決して製作者側を儲けさせるためにそうしているわけではなくてやはりそこに、より質の高い感動や興味を覚えてそうしているのだと思うわけです。何度でも聴きたくなるような音楽。何度でも読み返したくなるような本。何度でも見たくなるような映像。私に言わせればマーケッティングなんてものにばかり汲々としてるようなアホどもの理解を超えたところにそれがあるのではないかと思うわけです。もちろんそういったものがなかなか思い通り生み出せないということも承知してますがね・・・単純化された欲望に与えられる従来通りの記号なんて瞬く間に消費されちまいます。とりあえず“癒し”くっつけとけとか“品格”と“なんとか力”を垂れ流しとけとか芸能人が旅して飯食ってクイズばっかりやってんじゃねーよ！バーカ！って話です。取っ掛かりとしての、安い感動も必要でしょうけど、そればっかりじゃね・・・少なくとも私は、露骨なまでに卑しさが見え隠れするものに金なんて払いたくないですよ。とまぁ、わけのわからん愚痴なんぞ書いていてもしかたありませんので四月の楽曲のまとめをしておきます。首、皆様に楽曲を聴いていただくのは、いつになるやら解りませんがそれなりに続けていくつもりではおりますので悪しからず。「EERF」05 EERF.mp3ダウンロード用リンク「熱狂の後始末」熱狂の後始末.mp3ダウンロード用リンク「SEXとファーストフード」Sexとファーストフード.mp3ダウンロード用リンク「霹靂(HEKIREKI)」霹靂(HEKIREKI).mp3ダウンロード用リンク</description>
      <pubDate>Wed, 30 Apr 2008 01:23:50 +0900</pubDate>
      <category>MUSIC FILE-3（音楽３）</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>特権。</title>
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      <description>ギターを弾き始めてから、もう随分となるのにいまだに新しい弦に交換するときは、ワクワクと心が躍る。特にフラットトップのアコーステックギター（以下アコギ）の弦を張り替えるときは格別だ。しばらくぶりにケースから出したギターには茶色く濁ったブロンズ弦が緩めた状態で張ってある。ペグ（糸巻き）を弦がダルンダルンになるまで更に緩めてブリッジピンをペンチで抜き取りゲージのボールエンドをブリッジホールからはずす。面倒な時はニッパーで弦を切断してしまうのだが時間がゆっくり流れる日曜の午後ならそれほど慌てることもない。ヘッドやボディに溜まった埃を拭きとり必要ならばフレットに布に浸したオレンジオイルを塗り付ける。張り替えられた弦は、エッジの立ったシャリ感のある音からしばらく弾き続けると多少、落ち着いた丸みのある音に変わってやがてはボヨ～ンとしたヌルイ響きになり、いわゆる“弦が死んだ”状態になる。まるっきり演奏が出来なくなるというわけではないが弾いていて気持ちが良くない。そういえばギターを弾き始めた頃は、演奏中によく弦を切ってしまって交換していた。弦の品質が上がったからなのか弾き方が変わったからなのかは定かでないが最近ではアコギに関しては滅多にそういうことも無くなった。エレキでは弦が細いせいで今でもたまに演奏中に切ってしまうことがある。私の弾き方だと、だいたいひと月足らずで死んだ状態になって交換時期が来る。弦を交換せずにそのままケースに収めて別のギターを取り出してローテーションすることも多い。こだわりというほどでもないがアコギの弦ならダダリオのphosohor Bronze/Lightが好きだ。一時期、モーリスのエレアコに他メーカーのミディアム・ライトというライトより少し細いゲージを張って具合が良かったのでGuildにも同じように張ってみたら期待したほどの響きにならなかった。おそらく重くデカイGuild　F-50RNTはミディアム・ゲージぐらいでちょうど鳴らしきれるのだと思うのだがそこまで太いゲージになると私にはテンションがきつすぎて扱えなくなってしまう。ギターと演奏者とゲージの相性が必ずしも一致するとは限らない。決定的な不幸というほどでもないが、結婚後の思惑が違ってしまうようにだ。ということで現在の落としどころとしてはダダリオのphosohor Bronze/Lightが私にとって最良の選択ではあったのだがひと月ほどダダリオのEXPというライト・ゲージを試してみた。最近、いろいろなメーカーから長持ちするということで発売されている弦に被膜をコーティングしたもののひとつである。被膜が弦を埃や錆から守り長持ちさせるという理屈らしいが実際の使用感としては、残念ながら私が期待していたほどではなかった。使用条件にもよるのだろうが、特別に音質が長持ちしたという印象は受けなかった。勝手な予測でアレだが、おそらく弦の音質の変化はゲージの物性による張力の変化に負う部分が大きいのではないかと思う。音の印象なんて主観的なものだから使い方や環境それに測定の仕方によっては、もう少し効果が認められるのかもしれないが買い置きのEXPを使い切ったら、もとのphosohor Bronzeに戻るつもりだ。それでも張り替えたばかりのゲージは気分が高揚する。チューニングを済ませ眠っていたギターを徐々に目覚めさせていく、あの瞬間。再びきらびやかな響きが取り戻され「嗚呼、これだった」と思い出す至福のひととき。「これはアコギの特権ではなかろうか？」とさえ思う。私は他の楽器に関しては、まるで疎いので断言はできないが例えばサックスのリードを交換したときにも同じような感動があるのだろうか？アコギの弦を張り替えるというのは再生に立ち会う感覚に訴えてくる体験というか何か生命の不思議を垣間見るかのような・・・いや決して大げさに書いているのではなくて本当に、そんな感じなのだ。まぁいい、誰が何と言おうとこれはギタリストの特権なのだ。信じられないというのなら試してみればいい・・・。「霹靂(HEKIREKI)」霹靂(HEKIREKI).mp3ダウンロード用リンク</description>
      <pubDate>Sun, 27 Apr 2008 21:55:10 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>熱湯で3分足らず。</title>
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      <description>最初の思惑では、10曲以上まとまったらアルバムみたいにしようなどと考えておりましたがそんなことをしていたら曲の発表が、まったくいつになるのやら・・・という状況ですので随時、数曲まとまったらアップしていくことにしました。今更ながらインターネット対応みたいな話でアレですが・・・文章が思いつかずアップする予定の曲がアップ出来ていないなんて本末転倒なことになっていますので、「これではいかん！」というか自身の中で決めた基準というのは、なかなか強固でありましてこちらに、お出でくださる方々には関係ねーちゃ無い話なんですが・・・するってーと「ブログというのは誰のためにあるのでありましょう？」書き手か？読み手か？らじろぐか？あるいはその全てか？まぁ、どの辺に軸足をとってバランスさせていくかというような表現を意識的にしていくうえでは、常々つきまとう悩ましい問題ではありますがそこんとこ自分自身もうちょっとユル～ク考えてもよいかと思っちょります。特別、誰かから何か要請があったわけでもない独り相撲上手投げ状態を晒しておりますが誰も困らん、誰も喜ばん、そしてインスタントラーメンが少々かた麺にでき上がるくらいの時間、考えた末に・・・「どーなのよ？」「いや、別に・・・」「だったらどーでもよいじゃん」という結論に達しました。とりあえず、そんなこんなで・・・「SEXとファーストフード」Sexとファーストフード.mp3ダウンロード用リンク</description>
      <pubDate>Sat, 26 Apr 2008 02:05:44 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>モノづくり。</title>
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      <description>長い間、製造の現場で働いてきた。もともと文系の大学を出て最初の就職だった営業は肌に合わず結局、モノを作るということの方が自分の性分には合っていると思っていた。で、振り返ってみれば、ここ、二～三年の間でいわゆる“モノづくり”への幻想が私の中でかなりの部分、萎えてしまった。それほど多くない経験で語ることを許されるならコストダウンと納期短縮がせまられる現場で良い製品というのは成立しにくいという、至極真っ当な結論に辿り着いた。もちろん湯水のように使える時間さえあれば良い製品が出来るわけではない。しかし、時間が限られている中での作業は当然、無理が生じるしコストダウンのために材料のランクを落とすことで不良品が発生する確率というのは確実に上がる。そして、悲しいかな私のいた現場ではそれら全てが要求され、全ての禍も降りかかってきた。想像するに、おそらくそういった現場は、少なくないのではないかと思う。"モノづくり”という言葉がなにやら私には夢見心地の言葉に思える。メディアでとりあげられる世界に誇れる町工場の技術は確実に存在する。しかし、その割合は、全体からいえば、幻想を喚起するには充分だが“モノづくり”立国なるものを声高に誇れるほどでもないといった印象だ。必要なのは“安くて良い”実態よりもそれ風のイメージさえあれば事足りる状況にすり替わっていくようなそんな不安と現実を受け入れざる得ない時間を過ごしてきたと思う。しかし、それでも最高の品質ではないが使える範囲の充分に足りうる製品ではある。それでは、私が何に引っかかっているかといえば要求されていることと実態に乖離が生じているせいで事実上のダブルスタンダードが成立しているにもかかわらずそれは修正されずに責任の所在というロシアン・ルーレットにつきあわなければならないということである。もちろん銃口は弱い立場の者に向けられるのが常ではある。海の向こうに有る世界工場の品質を嗤えるほどここは、労働条件や環境も含めて、それほど立派なものなんだろうか？それほど酷くはないって程度のニュアンスこそが相応しいのじゃないだろうか？いや、たまたま私が経験した現場が特別だったのかもしれない。日本中の製造現場の実情なんぞ知りうるわけもない。それでも私は、いろんな意味で自分の中にある価値観に修正を加えながらこの数年の間で、良くも悪くも覚醒したのだと思う。就職が決まってから、しばらく過去を振り返ってはそんなことばかりを考えていた・・・。「熱狂の後始末」熱狂の後始末.mp3ダウンロード用リンク</description>
      <pubDate>Sat, 19 Apr 2008 18:10:30 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>毛染め。</title>
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      <description>背に腹は代えられねぇや！就職対策に見た目を少しでも良くしようと渋々、白髪を染めた。ヘア・マニュキアというやつですな。私は面倒くさがりやなので、この手の作業は苦手だ。「皆、本当にこんなことやってんのかよ！」と独り言をぶつくさ言いつつ毛染めがあちこち皮膚について、いらんとこまで黒くなる。「いったい何の特殊メイクじゃ！」とこれまた一人でキレまくり・・・なるほど見た目が数年前に戻った。数年ってどんだけ前だったか定かに覚えちゃいないが「そういや、こんな時代もあったよね・・・」っとしかし、容姿の変化以外にも意外な効用があった。気分が良くなったのである。正確に書くと少々、鬱ぎみな気分が改善した。余りの気持ちの変化に驚き怪しみつつ原因らしきものを推察してみた。「毛染めの香りだ！」たぶんそうに違いない。具体的に何の成分がどうというのは解る筈もないが脳が香りに刺激されてイイ感じになったのだと思う。まぁ、極めて個人的な経験と結論なのでアレなのだが俄然、香りに興味を持った次第である。有る程度のプラシーボ効果かもしれんということを差し引いてもそれほど罪の有る話でもないので早速、お香を取り寄せて焚いているわけだが気分改善に効くには効くが、近くで焚いたせいか少々、のどがいがらっぽい。お香の匂いがするギター抱えたおっさんに町中で遭遇したらたぶん、それは俺だ。その時は、まぁ、見逃してくれたまえ・・・って何を？というわけで久々に曲をアップするとしよう。つーか、「適当になんか文章をくっつけとかな・・・」と思って毛染めの話なんぞを書いておるわけだがいつものことながら曲と文章は全く何の関係もない。とりあえず読んで聴いて風呂入って寝てくれ。後はよろしくお願いします。何にしても因果な話ではあるよな・・・。「EERF」05 EERF.mp3ダウンロード用リンク</description>
      <pubDate>Wed, 16 Apr 2008 20:26:39 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>KIVAの件で補足。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/277382.html</link>
      <description>フレットレス関係に次いでKivaの検索でこのブログに来られる方も多い。たいしたことも書いていない上に他の記事といえばろくでもないことばかりなので来ていただいた方々には申し訳ないというか大変恐縮である。それにKivaのシステムが日本の法に触れずに成立するのかどうかという問題も有る。それよりもKiva本家のサイトは英語表記なんで興味はあっても言語の壁があって「よくわかんね～」という方もいらっしゃるであろう。ということで豊かさガイド：KIVA日本語の説明　　http://www.yutakasaguide.org/kiva/index.html（直リンはしてないのでコピペでお願いします。）こちらのサイトを本家KIVAと見比べて頂ければ興味の有る方には助けになるのではないかと思いましたので・・・今日はそんだけ。</description>
      <pubDate>Mon, 14 Apr 2008 07:34:59 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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        <item>
      <title>ショッカー。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/275903.html</link>
      <description>先日、友人に誘われて久しぶりに釣行した車中でNHKのBSで放映された石ノ森章太郎特集の話で大いに盛り上がった。リアルタイムで子供時代は「仮面ライダー」などのヒーロー者を食い入るように見ていた世代であるけども大人になって見てみると突っ込みどころ満載で「なんだこりゃ！？」感に囚われもしたがそれでも懐かしさの方が勝っていたので番組そのものは楽しめた。</description>
      <pubDate>Wed, 09 Apr 2008 07:13:32 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>運びましょ。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/275613.html</link>
      <description>ブログの更新が滞るのは毎度のことなんでそのことについて、いちいち言い訳する気もない。あまりにも間をおきすぎて「ブログってどうやって書いてたっけ？」という状態に陥っていたので少し自身のブログを読み返してみた。</description>
      <pubDate>Tue, 08 Apr 2008 15:04:23 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>ヒリヒリしました。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/267615.html</link>
      <description>例えそれが他人事であっても救いの手を差し伸べることが出来なくても一方的な暴力や圧力によって誰かが傷つけられたり蹂躙されることを許容することが出来ないより正確に言うならば、許容してしまうと私の中のちっぽけで臆病ながらも存在している良心がまったく跡形もなく失われてしまうようで恐ろしい何よりも自尊心の有り様が変形していくような恐怖を感じてしまい斜に構えたモノの見方で逃げ場さえ用意していれば事足りるという問題ではなくこのヒリヒリした心は確かにあってその理由もなんとなく解っている一方で誰かの目線が気になっていたとしてもこれは、それよりも大事なことなんだと本能が告げているたぶん、目覚めるたびに死体と不信感だけは確実に増えていて出来の悪いタダ不愉快な物語を見せられているような気分になるに違いないチベットに知り合いがいるわけでもなく映像のダライ・ラマはあまりに普通のオヤジに見えるというのはさておいて今更、知った歴史的経緯を差し引いてもこれ見よがしな装甲車で世界の中心に居座っているような勝手な思いあがりが失笑されても俺の心がヒリヒリしているのは間違いない</description>
      <pubDate>Wed, 19 Mar 2008 19:37:29 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
          </item>
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      <title>ミットモナイ話。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/266113.html</link>
      <description>いろいろなことが止まってしまっている。まずは、就職。一番頭の痛いところではある。引き続き贅沢を言わず探します。楽曲の録音。楽曲の構成が決まらないのでドラムのパターンが組めない状態。時間は、あるのに作業が進まず。とりあえず三曲ほどオケと歌入れは済ますもののそこまで。いったい何時頃どんだけの曲数で発表するつもりなんだ俺は・・・。積ん読の読破も遅々として進まず。数が多すぎる上に視力低下で読んでいるうちに面倒になってくる。集中力も低下しておるな。で、ヒキコモッテイルト不安が襲ってくるので友人に電話してみる。「あんたなんか、ワシよりもマシなのに何を悩んでおるの？もっと楽しまな！」と笑い飛ばされる。ゴモットモ、今日明日、生き死にの結果が出るわけでも無し。あれやこれやと振り返っては考えることも多い。自分自身に甘くというよりは身体と精神を壊してまで耐えなきゃならんことなんてあるのだろうか？拷問される国家機密を知ったエージェントでもあるまいしそうであっても自分に代えが効かないのは同じことではある。絶対に私は秘密諜報員むきではないね。まぁ、依頼もなかろうけど・・・。ここんとこ撤退が続いたので私自身、そりゃイロイロ傷ついたわけであるけど撤退してなきゃどうなっていたことかとも思う。自己防衛と自己肯定というのはみっともなくても無いと困るもんだなと。文章にして書いてしまうと余計に自分が不憫に思える古池や、蛙飛び込む、水野晴郎なわけであるが他人様が、どう思うかはともかくやはり自分が大事ということで逃走肯定論者の私としてはカッコ悪く生きることの出来る社会というのを夢想するわけであります。いや、それでも「シベリア超特急」シリーズ化するのはどうか？とも思うわけなのね、関係ねーけど。とりあえず飲みすぎには注意しつつ適当というのが、どれほど尊いものか、しみじみとしておるわけです。</description>
      <pubDate>Sat, 15 Mar 2008 01:30:33 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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      <title>連鎖を止めるアレコレ。</title>
      <link>http://gasira.radilog.net/article/262922.html</link>
      <description>“寛容”というものについて最近、思索を巡らしたりしているわけである。つまり寛容さというものを他人に求めることは有りがちであるけども私自身が他人に対して寛容でいられるのか？あるいは、寛容であっただろうか？などという実生活には、な～んも役に立ちそうにない毎度バカバカしい与太話で御座います。</description>
      <pubDate>Thu, 06 Mar 2008 00:07:33 +0900</pubDate>
      <category>日記</category>
      <author>牛田＠宅六</author>
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